第36話 シドウさんの言葉

「混乱してるだろうから、聞いているだけでいい。お前らにいくつか言っておくこと――守ってもらうことがある」


 ゆっくりと喋るシドウさんの言葉に、俺達は言葉なく頷く。

 俺達と同じ人間に殺される一歩手前だったさっきの恐怖で、シドウさんが何を言うのか、何をしてくるのかが分からない、というのも一因だ。


「ここで起きたこと――ここであいつらに襲われたこと、そんで俺達に会ったこと、俺達が助けたこと、それら全てを無かったことにしろ。お前らは今日、渋谷で楽しくお買い物をして、そして家に帰る。そういうことにしろ」

「あの――何故か、聞いても?」


 シドウさんが今日ここであったことを口外するなと言っていることは分かる。

 恐怖はまだ拭えていないけど、何となく聞いてしまった。シドウさんは交差点の裏面・・の中で見せたのと同じような、頭をガシガシと掻く仕草をする。


「多分言っちゃダメだろうが、面倒だから言っちゃうわ。俺達の組織――エストアークは、裏面の管理をするが、管理している裏面とその周辺のトラブル対応もする。言うなれば、自警団・・・だ……と言っても、そんな立派なもんじゃないけどな」

「じゃあ……俺達みたいに誰かに襲われた人を助けてるってことですか?」

「だから言っただろ、そんな立派なもんじゃないって。助ける、ってのとはちょっと違う。ただトラブルの種を摘む・・だけだ。要するに、あいつらみたいなアブナイ・・・・人間の対処をする、ってだけだ。言ってしまえば、俺達からすれば、お前らが死んでようが死んでまいが、割とどっちでもいい・・・・・・・・・話だ」

「そう、ですか……」


 俺達を助けてくれたシドウさんとその組織の人達だけど、俺達の生死はどっちでも良かったと言う。助けられているのだからいいんだけど、その言葉を聞くと何とも言えない気分になる。


「まあ、でも結果的に助けてはいるんだ。感謝してくれてもいいんだぜ?」

「はあ……ありがとうございます。でも何で、自警団をやってるんですか?」

「そりゃ、俺達が商売してるところでトラブル起こされちゃ迷惑だからな。ちょっとしたトラブルだったら問題ないが、人死にだとか、行方不明だとかが出ちゃ、警察の方も黙っちゃいないだろうし。実際、前にも面倒があったし。まあとにかく、俺達は俺達の縄張り・・・を守ってるだけだ」


 シドウさんが言うことは分かるようで分からない。俺にはよく分からないがシマ・・とかシノギ・・・とか、そういうものだろうか。

 しかし、急にシドウさんが現れたもんで気づかなかったけど、仲間を引き連れ、強そうな人達にシドウさんが指示をしていることにも違和感がある。俺達が知っているシドウさんは、ボロい露店で一人商売をしてるシドウさんだ。


「あの……それと、シドウさんって一体何者ですか? なんか組織の人達の、リーダーみたいに見えましたけど」

「それなあ。それもあんま言っちゃいけないんだが……まあいいか。一応俺は、エストアークの渋谷支部、そこの支部長ってことになってる」

「支部?」


 聞き慣れない単語だ。組織があるとは聞いていたが、俺達の近くでジェムの取引をしているのなんて、渋谷の交差点にある裏面くらいの認識だ。てっきり組織自体が、その渋谷の裏面に限定したものだと思っていたので、その点にも驚く。


「組織も結構デカいからな。色んな所に支部がある。結構えらいんだぜ? 俺」

「支部長、ですもんね……でも全然そんな感じがしなかったです。だって、シドウさん……露店で商売してるだけの人みたいにしてるじゃないですか」

「そりゃ『組織の渋谷の支部長です』みたいにしてたら、危ねえだろ? あんま表立ってデカい組織みたいにすると、それはそれで目をつけられるし――ってそんなことはお前らに言う話じゃないわな。あと露店は……趣味だ」

「趣味ですか……」


 確かにシドウさんの言うことも分かる。

 明らかに違法っぽい組織だし、俺達の知らない中で色んなやり方があるんだろう。


「あの……シドウさん」

「お、なんだ? お前の方は元気ないな? まあそのナリ・・で元気あったら、逆にキモいけどな」


 俺とシドウさんが話す中、暗い顔でずっと黙っていたタスクが話に入ってくる。


「あいつら……俺達を殺そうとした人達は、どうなるんですか?」


 タスクは、シドウさんの仲間の人達に連れてかれた奴等を気にしているようだ。

 確かに、あの後どうなるのか気になる。


「それは……お前らは知らない方がいいだろう」

「そう、ですか……」

「……懲りたか?」

「え?」

「こんな目にあっただろ。裏面に潜るのが、懲りたか?」

「…………ちょっと、分かんないです」


 タスクはそう言うと、再びうつむいてしまった。

 シドウさんが言った言葉の真意は分からないが、何か意味もある気がする。


「まあ、続けるってんなら気をつけろ。助けなんか、ないものと思え」

「はい……分かってます」


 淡々と紡がれた、シドウさんの偽りのない言葉に、タスクは静かに頷く。

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