第22話 潜行準備

 裏面内の『扉』付近の広間。

 祭壇の石版に浮かび上がった文字を見て、俺とタスクは完全に固まっていた。


「あ、あの……何か問題でもありました……?」


 俺とタスクの様子が明らかに変わったことに気付いたユーリがおずおずと喋る。


「いや、問題ってわけじゃ――」

「すげーよ、ユーリちゃん! なっ、ギイチ! 普通にすげーわ。強化もレベル1がカンストのレベルツーだし、能力も二つ持ってるし、この鼓舞チアーっていうの? こんなチート能力、ネットでも見たことねえよ! それに加えて可愛いときたもんだから、もう最高だよ! ギイチ、俺たち有名人になれるんじゃないか!?」

「タスク、一人で盛り上がりすぎだ……」


 喚くように喋るタスクに、ユーリもたじたじとしている。

 タスクをたしなめるように言った俺だが、タスクの気持ちはよく分かった。調べた情報によるとレベルツーなんてものは、一部の金持ちか、よっぽど裏面攻略をやり込んでいる人じゃなきゃ達しない領域のようだった。まだ攻略を初めたばかりとは言え、俺とタスクで散々裏面に潜った挙句、得られた青ジェムの数からもそれが分かる。

 それに加えて、効果が異常な能力持ちである。ユーリがどこでそれを得たのかは知らないが、三種の強化値が『(3)加算』というのは異常だ。


「そう、なんですね……役に立てるといいんですが……」

「役に立つどころか、こっちがお世話になるってもんだよ! いやあ本当に凄いなあ。でも、精神せいしんに五個振ってても使用限度回数は十回なのか。中々しぶいんだな」

「そうだね、俺の装填チャージも使える能力だけど、精神せいしん使うか悩みどころだな」


 石版に表示されたユーリの能力を見る限り、すでに青ジェムで強化された『精神せいしん(5)』の値になっているのに、能力の使用限度回数はそれぞれ十回ずつだった。恐らく、俺が身につけた装填チャージも同様だろう。

 確かに使い放題になったら便利すぎるのでこんなものだろう、という気持ちもあるが使いどころは考えないといけない。


「さーて、早速攻略に行きますか」

「タスク、本気マジなのか? 昨日、俺たちここで死にかけたんだぞ?」

「今日はユーリちゃんもいるし大丈夫っしょ! 昨日みたいに助けてもらえるし、鼓舞チアーを使ってもらえば俺たちもかなり楽に戦えるはずだぜ!」

「マジで何も考えてないんだなお前……まあいいか。そういえば、ユーリ。武器は?」

「武器……?」


 早速昨日のリベンジに行こうと言うタスクとの話の中、ふとユーリの情報として書かれていた中で、『武具』の記述がないことに気付いた。

 俺がかけた言葉にも、ユーリも『何の話?』と首を傾げている。


「こーいうやつだよ――――メイス、装備」


 俺がユーリに手のひらを見せるようにしてそう言うと、開いた手の上の何もない空間からいつも使っている金属のこん棒――メイスが現れ、俺の手のひらに収まった。

 緑ジェムで得られる武具は、裏面内であればこんな感じで装備することができる。何とも便利で不思議な現象だが、タスクとの裏面攻略でその感覚に慣れてしまった。反面、ユーリの方は何が起こったのか分からないようで、手品でも見たような顔をしている。


「すごい……それも、能力なんですか?」

「これはただの武器。ジェムを使えばこーいう感じに扱えるんだよ」

「いやいや、何よそのやり取り。レベルツーのユーリちゃんが緑ジェムのこと知らないわけないっしょ…………え、マジ?」


 裏面で使う武器のことを知らなかったユーリの反応に、タスクがそんな訳ないだろうとからかうように言ったのだが、ユーリの表情を見て怪訝な顔をする。


「だ、だからユーリはジェムは使ったことあるけど、裏面のことあんま知らないんだって! なっ、ユーリ?」

「そ、そうですね……」

「なーんか怪しいな。裏面攻略したことないのに赤ジェム・・・・使ってるってのも変だし……」

「ま、まあ細かいことはいいじゃん! タスクらしくないぞ!」

「まあいっか」


 ユーリを訝しげに見るタスクに、俺とユーリでフォローを入れる。

 まあまあと宥めると、タスクの方もすぐにどうでもよくなったようなので、内心で胸を撫で下ろす。


「さあ、気を取り直して攻略にいきますか!」

「もういいけど……今日は本当にやばかったらすぐに戻るぞ?」

「何回も言わなくても分かってるって! 安全運転な!」

「本当に分かってるのかなあ……」


 こっちの話を聞いているのか分からないタスクが、さっさと扉に向かって歩いていってしまう。

 残ったユーリの顔を見ると、慣れない環境で緊張しているのか微妙な表情をしていたが、俺の視線に気付いてにこっと笑い返してきた。


「私も頑張ります……でも、タスクくんって騒がしいけど面白い人ですね」

「まあアホだけど、面白くはあるな」

「ふふふ、仲いいんですね」


 ユーリを加えた三人で裏面に潜るという、妙なことになってしまったが、ユーリの方もまんざらではなさそうだ。

 とにかく、昨日のようなことがないよう気を引き締めて、タスクの後を追う。

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