第18話 脱出不可

 ずきずきと、地面に打ち付けた肩が痛む。痛むには痛むが、骨を折ったとかではないらしく、軽くぐるりと肩を回してみたが大丈夫だった。


 さっき何かが落ちた方を見てみると、ばらばらになった骨が地面に散らばっていた。頭蓋骨だけになった頭が、その眼窩がんかの中の赤い光で、こちらを見ている。


「ビビらせやがって……自分も落ちてりゃ世話ないな」

「くおお……いってえぇ……」


 バラバラになった骸骨に危険がないと見ると、痛みを訴えるタスクの方に向かった。


「タスク、大丈夫か? 足をやったのか?」

「あ、ああ。超いてえよ。折れてるかも」

「どこが痛むん――」

「いだいいだいいだい!! 乱暴に扱うなよ!!」

「お前……耐久たいきゅう1の効果はどこいった……」


 足首を持ち上げただけでこの反応だ。大した高さじゃなかったが、もしかしたら着地の際に骨が折れたのかも知れない。

 やかましいタスクは置いておこうと周囲を見回すが、やはり深いほりのようになっている。土の壁に四方を囲まれた広い空間だ。


「お、おい……ギイチ……あいつ何か怖えから、頭潰してよ……」


 さっきまで喚いていたタスクが声をかけてくる。見ると、頭の骨だけになった骸骨が、タスクの方を見ながら、口をパカパカと開いたり閉じたりしていた。


「流石に襲ってこれないだろうから大丈夫だろ」

「いや、気分の問題……」


 俺は骸骨の方に向かい、メイスでまだ動いている骨を砕く。


 周囲に敵はいないものの、壁に囲まれたこの場所をどうやって脱出したものかと考える。

 タスクはかなり足を痛めているようで、立ち上がることもできていない。というか、諦めたのか足首をさすりながら体育座りをしている。


 動けないタスクもいるし、どうやってここから這い上がるかを考える必要がある。

 俺は一人でぐるりと周囲を見て回ろうとした。


「これ……敵じゃないよな……」

「ギイチ、どうしたー?」


 俺達を囲む壁には、横に長い穴がいくつも空いており、それぞれの穴の中には横たわった骸骨がある。裏面の中で襲ってきた敵によく似ているので、近くまで寄って見てみるが、ここで出て来る敵とは違い、その眼窩がんかに赤い光は宿っておらず、ただの骸骨だということが分かった。ただの屍だ、というやつだ。

 そもそもよく似ていると言っても、骸骨は骸骨だ。似ているに決まってる。


「いや、なんかここの敵に似た骸骨があったからさ、敵かと思って」

「おいおいマジかよ。起き上がって襲ってくんじゃね?」

「言うなよ。フラグって言うんだぞ、そーいうの」


 結局俺達が無様にも落ちてしまったのが、ものすごく深い二十五メートルプールのような穴になっていることが分かっただけで、階段や梯子のようなものは見つからなかった。

 丁度、橋がかかっている壁とは逆側の壁に、鉄格子の小さな扉があったが、押しても引いてもびくともしない。もしかしたら用水路かもと思ったが、壁の穴にある骸骨が収納されていることからも、それはないだろう。そもそも裏面内の世界が意味のある構造になっているとも思えない。謎の空間だ。


 見上げると、さっき渡ろうとしていた吊り橋がそのままの状態で残っている。ジャンプして届くような高さでもないし、せめて支えているつたが切れて橋が落ちてくれでもしたら、それをロープ代わりに壁を登れたかもしれないのに。少なくとも、土の壁はとっかかりもなく、無手で登れるようなものじゃない。


「で、上がれそうなとこあった?」

「ないよ……」

「マジで? ヤバいじゃん」

「ヤバいよ……頼むから、その気楽な感じやめてくれ……」


 危機感が伝わってこないタスクの声を聞いていると頭が痛くなってくるが、この状況はかなりヤバい。あまり現実を直視したくないが、ヤバい。本気でヤバい。


 俺自身もできることがなくなったので地面に座るタスクの横に並んで座ることにした。最初のうちは「誰か来ないかな?」とか「梯子くらいあるんじゃない? ちゃんと探した?」とか言っていたタスクも、俺が適当に返していると喋るのをやめた。そうして何時間が経ったか分からないが、手遊びをしていたポツリとタスクが漏らす。


「……することないし……寝る?」

「お前すげえな。ここで寝れるのかよ」

「だってすることないし、多分もうかなり遅い時間だぜ」

「まあ確かにな」

「だろ? じゃあ寝ようぜ」


 そう言ってタスクは横にごろんと寝転がったかと思うと、すぐに寝息が聞こえてきた。ここまで神経が太いともはや大物だなと思いながら、俺も横になる。慣れない環境で疲れていたのか、横になって目を閉じるとすぐにまどろんでくる。俺も人のことは言えない。



 ――――ギシ……ギシ…………


 いつ目が覚めたのか、骨か何かが軋むような音で俺は現実に引き戻されていた。


「……タスク、うるさいぞ……」


 ――ギシ……ギシギシ…………


「タスク……うるさいって――いや、これは」


 意識が戻っていながらも寝ぼけた頭がその音を認識する。

 これは……あの骸骨が動いていた時の音だ。

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