第09話 装填(チャージ)

「それでどうするんだ? 使うんだろ?」

「まあな。これを売ってたら一攫千金なんて夢のまた夢だからな! 本当は膂力りょりょく敏捷びんしょうが良かったんだけど」

「贅沢言うなよ」


 タスクが言っている二種類の青のジェムは、特に人気があった。それぞれ、一つでも使うだけで身体能力が見違えるほどに上がるというのだ。

 現に、スポーツ選手がこの青のジェムを使って前代未聞の記録を出すようなことが頻発し、今では公式大会前には専門の検査が行われるほどだ。国内でも、陸上短距離のオリンピック選手が『敏捷』のジェムを使ったことがバレたというニュースがある。そう昔ではない話だ。


「まあ使ってみるわ」

「おお、どんな感じなのかな。楽しみだな」

「……いざとなるとちょっと緊張するな」

「早くやれよ」

「だってこれだけで多分売れば十万くらいになるぜ? うっ……そんな目でみるなよ。分かったよ」


 ここまで来てまだ売ることを考えているタスクをじとっとした目で俺が見ると、諦めたように石の祭壇の台上、手の形の窪みがある部分にタスクが手を置いた。


「ジェムを俺に使ってくれ――」


 タスクがそう言うと、台上に置いていた青い玉が細かい光の粒のようになり、その粒がタスクの方に飛び込んできた。映画の特殊効果のような光だ。


「緑のジェムを使った時と同じだな。こんなもんか?」

「一応、確認してみるか……俺の状態を出してくれ」


 使った時は派手だが、思ったよりあっけないのでちゃんと使えたかが心配になる。

 同じ気持ちであろうタスクが再び声を上げると、また石版の上に光った文字が浮かび上がった。


 ――強化:耐久(1)

 ――武具:メイス(1)


「演出もあっけなかったが、この表示もなんか淡白だな……」

「まあ調べた情報と同じだね。ゲームって訳でもないんだし、こんなもんでしょ」


 ネットで調べたものによると、石版上には使用した青のジェムの種類毎の合計値が出るということだった。確かに、タスクは『耐久』のジェムを一度使っただけなので、表示のされ方がシンプルすぎるが、正しく表示されている。

 『強化』という記述の下には、俺とタスクが前に使った緑のジェムで取得した武器の説明が書かれていた。武器の名前に書かれた数字は、武器の強さにあたるレベルを示しているらしいが、詳しいことは知らない。


 作業が終わったタスクが石の祭壇から降りてくる。

 そのタスクの肩を、強く殴ってみた。


「……痛えよ」

「痛いんだ。『耐久』のジェム使ったら全然痛くないもんかと思ってた」

「んなわけねえだろ。おいお前の肩も殴らせろ」

「やだよ~」


 少しいらっとしたような顔をしたタスクが俺の肩を掴もうとするのをひらりと避けて、俺の方も祭壇に向かう。


「そんなことより俺のジェムがどんなか見ようぜ。赤ジェムだぜ?」

「……てめえ覚えてろよ」

「何? 見ないの?」

「見るぅうう~~」


 さっきタスクがやったのと同じように、俺も祭壇の台上にある窪みに手を合わせ、赤い玉をジェム用の窪みに置く。一人で裏面に行った時に何度も試しているので要領は分かっている。


「状態を出してくれ」


 祭壇が俺の声に反応して淡く発光し、石版上に文字が浮かんだ。


 ――武具:メイス(1)


「何で状態を出すんだよ。お前青ジェム使ってないんだろ?」

「いや、何となく……玉の説明を出してくれ」

「おっ――おおおおっ?」


 俺の言葉に祭壇が反応すると共に、石版上の文字が書き換わった。


 ――装填(チャージ)

 ――装填の使用後に行動を行う際、その行動の威力が増幅する


「チャージじゃねえか! かなりの当たりだな、すげーなギイチ!」

「……おお、俺もびっくりした」


 石版に浮き上がった単語は俺もよく知っていた。

 これまでに俺とタスクが調べた情報の中では、かなり使える部類の能力であると書いてあったからだ。目の前に書かれた説明には「威力が増幅」とあるが、その増幅が倍ほどのものであるという情報もあった。それこそネット上の情報では数十万で取引されているという話もあったので、少し手が震える。


「……使うんだよな?」

「あ、ああああ、当たり前だろ! お前と一緒にすんなよ!」

「どーだか」

「なんだよ、その目は! おい、ジェムを俺に使ってくれ!」


 俺がそう言うのと同時に、窪みに置いた赤い玉が沢山の光の粒になり、俺の胸の真ん中を目掛けるようにして飛んでくる。


「お、おおおお……」

「お前まだ慣れてないのかよ」


 胸の内側をわさわさと触られているような感覚に、思わず声が漏れてしまう。

 そんな反応をしてしまったが、俺もジェムを使うのは初めてではない。タスクと一緒にメイスを買いにいった後、同じように使う必要があったからだ。しかしなんというか、慣れない感覚だ。


「……状態を出してくれ」


 若干の吐き気のような感覚がありながらも、石版に表示をするように言う。


 ――補助:装填(チャージ)(1)

 ――武具:メイス(1)


「一回か、調べた情報と一緒だな」

「そんなもんだろ」


 先ほどタスクが青ジェムを使った後の表示と同じように出ているが、装填チャージの横の数字は使用限度回数だ。この表示だと一回だけしか使えないように見えるが、どうやら一日の使用限度らしい。使ってみるまでは分からないけど、そんな心配もないだろう。


「さーて、ジェムも使ったことだし、ここの裏面うらめんを攻略してみっか!」

「え、今から行くの? 制服のままだけど」

「問題ないだろ。それにギイチ、灰色の『扉』は入ったことないんだろ?」

「まあそうだけど……」

「じゃあ行こうぜ! 面白いぞ~!」


 てっきりジェムを使ってみるだけかと思ったのに、奥に進もうと言うタスク。

 気乗りしない素振りをしたけど、確かに今手に入れた力を試してみたい気もする。


 結局、提案に乗る形で、俺は今日も裏面へと足を踏み入れてしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る