第08話 ジェム

「なあ、お前んち寄ってかなくていいの?」

「いいよいいいよ。なんか家戻ったらそれはそれで面倒なことになりそうだし」


 俺とタスクは、二人で裏面リバースサイドに潜るために、タスクの家の方へと向かっていた。タスクは俺に気を使ってか、自分で見つけた裏面の『扉』を、一つは自分一人で攻略したが、もう一つは一緒に潜るために残していたのだと言う。

 正直、俺の部屋に出た裏面の『扉』をくぐった時は、本当に死ぬ目にあったので二度と行くものかとも思ったもんだが、タスクとそんな話をしているとそんな思いも霧散してしまう。


「じゃあ直接俺んち行くか。ちなみに、実は俺もジェム・・・を使ってないんだ。ギイチにも見せてやろうと思ってな」

「そうなんだ、じゃあ向こうで何のジェム・・・か、見せ合うか」


 俺たちが『ジェム・・・』と言っているのは、裏面のボスの間で手に入れたビー玉のようなもののことだ。ちまたでは、『ジェム』とか『宝玉』とか色々な言い方をされている。


 一見すると本当にビー玉のようなので、外見だけだとそれが何かはよく分からないが、裏面の中――入った所の付近にある『端末』と呼ばれるもので、ジェムの鑑定ができるのだ。石でできた祭壇のようなものなのだが、こちらの呼びかけに応えるように石版に文字が浮き上がるので、『端末』と呼ばれている。

 裏面自体もそうだが、その『端末』のせいで本当に何かのゲームのように思えてくる。誰かが意図的に設置したようにしか思えないからだ。


「まあとにかくここじゃ何だし向こう行って話そうぜ」

「りょーかい。荷物、タスクんちに置かせてよ」

「はいよ」


 そう言って俺たちはタスクの家に向かった。

 タスクの家は両親共に働いているため、大体家にいない。なので、ということではないが、小学生の時から中学に入った今でも放課後はタスクと二人、どこかでチョロチョロ遊んでいる毎日だ。


 俺の家から歩いてもそう遠くない位置にあるタスクの家についた。普通の一軒家だ。タスク自身が「ウチは放任主義だから」といつも笑いながら言っているが、確かにタスクのおじさんとおばさんを見たことはあまりない。

 ウチもそうだったが、俺たちが裏面・・なんかに行っていると知ったらどう思うんだろう、というようなことをちらりと思ってしまった。


「さて、入りますか」


 俺たちはタスクの家に鞄を置いて、手ぶらという状態でタスクの家の横の空き地にいた。確かにタスクが言っていた通り、空き地内の草むらをかきわけていくと、ぽっかりと空いた場所に灰色の『扉』が音もなくくるくると回っていた。


「本当にあるんだな」

「嘘ついたってしょうがねえだろ。とにかく行くぞ!」

「うん」


 そう言って俺たちは『扉』に向き直る。


「『扉』よ開け!」

「エンター!」


 それぞれが勝手な言葉を口にすると、目の前が急に真っ白になり、すぐに景色が変わる。暗い部屋の中、さきほど話に出ていた石の祭壇と、俺の横に立つタスクの顔が見える。


「なんだよ、エンターって」

「格好いいだろ。ギイチの方もなんかいかにも・・・・って感じで結構キモいぞ」

「うっせ」


 俺たち二人が『扉』の前で声にしたのは、『扉』に入る合図だ。

 ネットで調べた情報と実際に俺たちが試したものによると、言葉がなんであるかはあまり意味がないらしい。要は意識が『扉』に向いていることと、その中に入る意思表示をする言葉を口にすれば、入れるということだった。実際、その通りになっている。試したことはないけど、『開けゴマ』でも入れる、という話だ。


「まあいいや、これが俺がこの前手に入れた青ジェム・・・・ね。ギイチのも見せてよ」

「そうだね、これが俺の」


 タスクがポケットから青い玉を出し、俺も同じように赤い玉を出す。


「おおー、って赤ジェムかよ! すごいな、ギイチ」

「ははは、すげーだろ。何の能力かは見てないけどな。タスクのは?」

「内緒。見れば分かるだろ、さっそく見てみようぜ」


 そう言ってタスクは石の祭壇があるところに向かう。

 祭壇には腰の高さほどのところに石版があり、傍目に見たら石のテーブルのようになっている。そしてその横に、手の形に窪んだ部分、その少し上に小さな丸い窪みを持った台がある。

 タスクは慣れた動きで、台上の丸く窪んだ部分に青い玉を置き、声を上げる。


「ジェムの説明を出してくれ」


 そう言うのとほぼ同時に、石版上に文字が浮かぶ。日本語だ。

 そこには一文で、『耐久たいきゅう(1)』と出ていた。


「お、耐久か。すげー、当たりじゃん」

「だろ? 売ったらすごいことになるぜ?」

「流石に売るのはもったいないんじゃないか」


 元々、俺達がここ裏面リバースサイドに入ってみようと言ったのも、小遣い稼ぎになるんじゃないかというのが最初だった。

 適当な『扉』にさえ入ってしまえば誰でも使うことができるため、ジェムは高値で取引されていた。勿論、裏取引・・・というやつだが。インターネット上のオークションで取引することもあるようだが、扱うものと値段が高いだけに、直接取引をすることが好まれている。俺たちが最初に裏面の中で使える棍棒――メイスを買ったのもそういう場所だった。


 耐久と書かれているのは青のジェムの種類のことで、貴重な部類だ。

 青のジェムは複数種類あり、『膂力りょりょく』『敏捷びんしょう』『耐久たいきゅう』『認識にんしき』『好適こうてき』『精神せいしん』の六つだ。

 レベル1――石版に出ている数値がそう呼ばれているのだが、そのレベルのものでもいずれも高値で大体十万円前後、レベル2のものになると、数十万から百万という驚くような値段で取引されているそうだ。


 そんな青のジェムを一発で入手したというタスクは、自慢げに俺の方を見ていた。

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