第06話 ユーリ

「いやいや、父さんちょっと待ってよ。どう考えてもおかしいでしょ。身元不明の子をウチで預かるってこと?」

「むっ、そう言ったつもりだが何故同じことを聞く」

「確認だよ……」


 父さんが適当なことを言っているかも知れないと淡い期待をして聞いてみたが、本人は全くもって真面目に言っていたらしい。

 身元不明の女の子を家で預かるなんて問題になるんじゃないか。誘拐みたいに扱われても俺は知らないぞ。


「でも〜、あきひこさん。記憶喪失なんでしょう〜? 病院でてもらった方がいいのかしら〜」


 母さんはそう言いながら、父さんの目をじっと見る。


「ど、どうだろうな母さん。病院で診てもらおうにも保険証もないだろうし」

「私はどこも悪くないんで大丈夫です……!」

「あらそうなの〜、じゃあ病院に行かなくても大丈夫かしらね〜」


 病院に行くかを話している父さんと母さんの会話を女の子がさえぎる。

 さっきからどうも違和感がある。警察だとか病院だとかに行こうという話になると、それを止めるようにしているように見える。もしかして、本当にただの家出少女で嘘をついているんじゃないだろうか。いやでも、やっぱり俺の部屋にあった裏面うらめんの『扉』の先で見つけた、ということが気になる。


「じゃあとりあえずウチに住んでみるとして〜、あとは何が必要かしら〜」

「母さんまで何言ってんだよ! 大体、いつも女の子を家に連れてくるなとかよく言ってるじゃん!」

「あら〜、それは他所よその家の子はダメって言ってるだけよ〜。変なことになったらご両親に申し訳が立たないでしょ〜。この子は家が分からないって言ってるだけなんだから、それが分かるまで預かるだけよ〜」

「そ、そうですか……」

「それにとっても可愛いし、よしくんのお嫁さんに来てくれてもいいわね〜」

「ぶっ! ちょっと母さん、何言ってんだよ!」

「冗談よ〜〜。嫌ねえ、よしくんたら顔真っ赤にしちゃって〜」


 母さんまで冗談を言い出すようになっていよいよ頭が痛くなってきた――いや、父さんは冗談は言ってなかったか。

 話がどんどん変な方向に向かうのに、女の子の方は平然とした顔をしている。常識的な考えを持っているのは俺だけなのか。いつもは父さんも母さんもこんな変なことを言わないのに――まさか、この女の子が裏面で手に入れた変な力を持ってるとかじゃないだろうな。


「そう言えば、名前が分からないってのも不便よね〜。名前を思い出すまでだけど、何か名前があったほうがいいんじゃないかしら〜」

「母さん、そんな犬猫じゃないんだから……」

「しかし、呼ぶ名がないというのは確かに不便だ。むっ、君。何か心当たりもないのか?」

「ごめんなさい……本当に分からないんです……」

「困ったわね〜〜」


 どうやら皆、もうこの子を家で預かることは決定であるように話を進めていく。

 話は自分の名前が思い出せないことにシフトしているが、確かに名前がないというのは不便極まりない。しかしペットでもないんだから、人の名前を勝手に決めるというのはどうなんだ、という思いもある。


「ユーリちゃんなんて、どうかしら〜〜?」

「むっ、母さん……そ、そうだないいと思うが」

「なんかやけに具体的だけど、どうしてよ? 母さん」

「肌も白くってユリの花みたいじゃない〜、いいと思うんだけどな〜」


 母さんが急に具体的な名前を出した。

 急な提案に父さんもどもっているようだけど、何か理由でもあるんだろうか。子供の名前の候補として考えてたやつ、とかだったらちょっと嫌だな。


「私はそれでも構いません。なんだか、呼ばれても違和感がないですし」

「そうなの〜、じゃあそうしましょう〜」

「そんな簡単に決めていいのか……自分の名前だぞ……?」

「いえ、気に入りました。ヨシカズさんもありがとうございます」


 女の子――ユーリは俺の方を向いてにこっと笑った。

 今まで見たことがなかったユーリの笑顔を見て、ちょっと驚いてしまう。


「あ、すいません……名前を呼んでしまって、馴れ馴れしかったですよね」

「あいや、そういうことじゃなくて。ごめんごめん、初めて笑ったからビックリしちゃって」

「よしくん、女の子にそんなこと言ったら失礼よ〜」

「ごっごめん、そんなつもりじゃなかったんだ」


 すぐに眉間をハの字にしてしまうユーリに慌ててフォローをするが、そんな俺の狼狽する姿を見てユーリはまた笑顔になる。

 なんだかややこしいことになってしまったが、ユーリのそんな顔を見ていると、これもこれでいいかと思ってしまうのだった。

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