第05話 思春期の男子と母と女の子と父

 俺は女の子の言葉に、文字通り固まってしまった。

 裏面で見つけた時から、普通じゃない・・・・・・ことは分かっていたが、名前が分からないとなるといよいよ本物だ。記憶喪失だとでも言うのか。


「ただいま」


 俺と母さん、そして女の子が互いに顔を見合わせる中、玄関が開く音と共に帰りを告げる声がした。父さんだ。


「母さん、父さん帰ってきたみたいだよ」


 ここに父さんが入ってきたら話が更にややこしくなる気もしたが、なんとなく父さんに助け舟を求めたい気持ちになり、そう言った。対して、母さんは俺の声が耳に入っていないのか、あごに手をあてて首を捻っている。一拍の間があり、ようやく口を開いた。


「こうなったら直江家なおえけ家族会議よ〜〜!」

「え、えええ……」


 高らかに宣言する母さんを見て、女の子の方は再び目をぱちくりさせている。


 直江家なおえけ家族会議は、何か困ったことがあった時などに開催される我が直江家なおえけ内の会議である。と言っても、いつもは大した話をするわけではなく、前回は去年の家族旅行の行き先が議題だった。

 全てをぶちまけている俺からしたらどうにでもなれという感じだが、目の前の女の子は何が起こっているのか分かるはずもなく、困ったような戸惑ったような顔をしている。


「善は急げよ〜、さあお父さんの所に行きましょう〜」

「か、母さんそんな急に。あ、君、立てる?」

「は、はい……」


 裏面うらめんなんて所で見つけたので体に異常がないか少し心配になったが、すでに体を起こしていた女の子はベッドから降りて立ち上がった。どうやら問題はなさそうだ。


「母さん、それに義一よしかずもどうした。むっ、その女の子は……なるほどそういうことか……義一。すまんが、父さんは力になれないぞ」

「ごめん、父さん。説明はするけど、多分想像してることとは違う」


 父、義彦あきひこ。いつも真面目でシャキっとした父親だが、母さんを前にすると途端弱くなるきらいがある。今、俺の目の前にいる父は、ダメな方の父だ。


「あきひこさ〜ん、会議よ〜!」

「むっ、母さん。そうか、会議か。義一、骨は拾ってやるからしっかりやれよ」

「だから違うって、父さん……それに骨は拾ってやるって死んでんじゃん俺……」


 恐らく俺が家に女の子を連れ込んだものと勘違いして、それをどうにかするべく会議が行われると思っているのだろう。勘違いながらも父さんの理解は早く、さっさとリビングに向かっていった。


「さて、話は何だ。むっ、母さんの淹れてくれた紅茶は美味いな」

「あきひこさん、いつもと同じ紅茶よ〜。じゃあ会議を始めようかしら〜」

「はい……」


 リビングにあるダイニングテーブルを囲んで、四人が座る。

 言われるがままに俺の横に女の子も座っているが、状況がつかめていないのだろう。何も言わないが、ずっと目をぱちくりさせている。


「それがねえ〜、あきひこさん。実はよしくんが――」


 俺がさっき部屋で説明したことを、今度は母さんが父さんに同じように説明する。

 父さんは話を聞き終わると、ゆっくりと眉間に指をあてるようにして眼鏡のずれを直し、俺に向き直る。


「義一、それはお前が悪い。母さんに謝りなさい」

「それ、ってどれよ……裏面うらめんに行ったこと?」

「そのことに決まってるだろう。危険な所だという話だぞ? 母さんを心配させたら、私がその裏面・・とやらに乗り込んでもお前をぶん殴るぞ」

「それは……すいません。出来心だったんです」

「まあ無事なようだし、それはもういいだろう。それより問題は――」


 喋り終わるのと同時というタイミングで、父さんの視線が俺の横の女の子に向かう。


「君、名前が分からないんだって?」

「はい……」

親御おやごさんは?」

「分かりません……」

「家が、どこかは?」

「すいません……」


 父さんが改めてというように女の子に繰り返し質問をしていくが、どれもこれも「分からない」という答えで返ってくる。


「なるほど……おい、義一」

「な、何?」

「……お手上げだな」

「いや、もうちょっと何かあるでしょ……」


 真面目な表情を崩さない父さんが早々に降参した。

 いつも真面目で家族を大事にする父さんを俺は基本的には尊敬しているが、たまにズレたところがあるように思っている。


「しかし名前も分からないんじゃな。むっ、ここはやはり警察か」

「そうねえ〜、それが一番いいと思うけれど――」

「あ、あの……」


 身元が分からないのではどうしようもないと、警察に頼る方向に話が進もうとした所で、今までほとんど喋っていなかった女の子が自発的に口を開いた。


「何か思い出した?」

「い、いや……あ、でも……その話にあった裏面・・という所……もし私の記憶と合うのであれば、私はそこに用がある――と思います……」

「むっ、用だと? 一体、どんな用だろうか」

「よく分からないんですが……大事なものをそこに置いてきてしまったような……なので私、探しにいかないと……」


 ようやく自分のことを話し始めた女の子だったが、言っていることが抽象的すぎて何のことだか分からない。それに裏面うらめんに忘れ物、なんて話は聞いたことがない。もしかして適当なことを言っているんだろうか。


「失くし物か、それは大変だな。むっ、なるほど。つまりそれを探しに行かなければならないから、警察に預けられては困るということか」

「えっ、父さん? なんか飛躍しすぎてない? 全然意味が……」

「そう……です……」

「え、えええ……」


 父さんのちょっとズレた勘付きに、女の子の方も乗ってしまった。

 そんな訳ないだろうという思いがあるが、何故か父さんと女の子は分かりあったような目線を合わせている。


「なるほど、あい分かった。では家長である私が結論を出そう」

「さすがの取りまとめね〜、あきひこさん。よっ、取りまとめ大臣~」

「義一よ……この子の捜し物を手伝ってあげなさい。それまでウチで預かろう」


 父さんが出した突拍子もない結論に、ツッコミどころが多すぎて声が出なかった。

 しかしこの状況に戸惑っているのは俺だけのようで、父さんも母さんも、そして何故か女の子の方も、うんうんと頷き合っている。

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