第04話 思春期の男子と母と女の子

「よしく〜〜ん? いるのよねえ〜?」


 まずい。非常にまずい。母さんが階段を上がって、恐らく俺の部屋にまっすぐ向かってくる。


「い、いるよ! おかえり、母さん! ちょっと今忙しいから後で下に行くよ!」

「なによ〜忙しいって。帰ってるんだったら顔くらい見せなさいよ〜」


 母さんの間延びした声がどんどん近づいてくる。こっちを待つ気などなさそうだ。


 ――くそっ、こうなったら!


「お、おかえりっ、母さん! な、なんか用? 下に降りてくよ」


 部屋の中に入られたら終わりだと、先に部屋を出て母さんを迎え撃つ。


「何よ〜慌てちゃって。思春期ね〜」

「そ、そんなんじゃないよ! ちょっと部屋の掃除してて手が離せなかったんだ!」

「あら感心ね〜、ちょっと見てみようかしら〜」

「い、いやっ、まだ途中だからっ!」


 母さんが階段を上がりきる前に部屋の扉を閉めることに成功したのは良かったが、何故か今日に限って母さんがやたらと部屋に入ろうとする。背中でガードする部屋の扉を突破しようと、母さんが右へ左へと動いて俺のブロックをつつく。


「だから、まだ掃除の途中でグッチャグチャなんだって。今はダメだって」

「そんなものかしら〜、じゃあ片付けたら降りてきなさいよ〜」


 やけにしつこかった母さんだったが、俺がガードを割らないことを察したのか、あっさりと諦めて一階に戻ろうとする。


「う、うん。ちょっと片付けたら下に行くから」

「わかったわ〜、じゃあ下で待ってる――ってそんなわけないでしょ〜〜! そんな怪しい動きして何か隠してるんでしょ〜〜!」

「ちょ、ちょっと母さん。やめて――ぐわっ!」


 我が母がまさかのフェイントをかけてきた。

 振り返りざまの俊敏な動きで俺の横をすり抜けていく母さんを止めようとしたが、鋭いカットインに弾き飛ばされたのは俺の方だった。


「だめだって母さん! や、やめて〜〜!」

「やめないわ〜〜」


 俺の悲痛な叫びもむなしく、がちゃりと部屋の扉が開け放たれた。そして扉を開けると同時に俺の部屋の中に入った母さんが、呆然と立ち尽くしている。

 もう無理だ。手遅れだ。俺の負けだ。


 もはや止める術なしと母さんの背中を見守るだけの俺だったが、俺の部屋の中にいる母さんは無言だ。視線は勿論、ベッドの方に向けられている。

 どういう表情をしているのかは分からないが、できることなら知りたくもない。


「よしくん?」

「はい、お母様……」


 我が母の声にいつものトーンはなかった。


「野良猫でも拾ってきたのかと思ったら、また随分おっきいのを拾ってきたわね〜〜」

「すいません、お母様。説明させていただいても……?」

「説明ね〜、中でじっくり聞かせてもらおうかしら〜」

「はい、お母様……」


 こっちを振り返りもしないで言う母さんの言葉により、俺は背中を丸めながら自分の部屋に入っていく。


***


 ここはこれ以上隠し事をしたら更なる怒りを買うと考え、全てを正直に話すことにした。そもそも、裏面ではなく外から女の子を拾ってきたなどと言ったら、よっぽど酷いことになりそうだ。


「そうだったのね〜。母さんてっきり、よしくんが隠れて女の子を連れ込んだもんかと思っちゃったわよ〜」

「いえ、今話したことは全て事実であります……」

「でも、裏面? そんなとこに黙って行って危ないことしてたなんて、母さんショックよ〜。前にテレビでやってたわよ〜、危ないところだって〜」

「それはその、つい出来心といいますか……本当にすいません……」


 全てを正直に話すと、母さんは意外にもすんなり納得してくれた。

 隠れて裏面に入ったことは案の定つっこまれたが、母さん自身あまりどういうものか知らないようで、そんなに怒っている様子もない。

 部屋の床に座る母さん、その正面に正座する俺、俺と母さんの横にあるベッドで寝ている女の子、という構図になっており訳の分からない状況には変わりない。


「でも、全然起きないんじゃ困ったわね〜。もう外は暗いし、帰らないとご両親が心配するわ〜」


 母さんはそう言うと、寝ている女の子の様子を見るように身を乗り出し、そっと女の子の額に手を置く。


「本当に寝ちゃってるみたいね〜、起きる気配もないし――あら〜?」

「ん、んん……ここは……?」

「えっ、起きた!?」

「あら良かった〜、目が覚めたのね〜」


 これまで何度試しても目を覚まそうとしなかった女の子は、母さんがその額に手を触れたのを合図のようにして、ゆっくりと目を開けた。


「ここは……どこなんでしょうか……?」

「よかった、本当に起きたんだ。君は裏面の奥で寝ていたんだ。俺が連れて帰ってきたんだよ」

「裏面……? それはなんですか……?」

裏面リバースサイドって言われてるやつだよ。知ってるでしょ?」

「リバース……サイド……? すいません、よく分かりません……」

「母さんもよく分からないわ〜」


 急に目を覚ました女の子はここがどこであるか分からないようだった。当然だ、俺の部屋なんだから。しかし、裏面リバースサイドのことも知らないと言う。今時、小学生でも知っているそれ・・を知らない奴がいるのか。


「あなた、名前は何ていうのかしら〜?」


 母さんが女の子に名前を聞くが、女の子の方は目をぱちくりとした後、申し訳なさそうに呟く。


「名前……私の名前……ごめんなさい、分かりません……」


 女の子の意外な言葉に、俺と母さんが顔を見合わせる。

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