第03話 思春期の男子

 どうしたものか。

 そう思いながら俺は自分の部屋のベッドの前にあぐらをかいて、首を捻っていた。


 初めて、裏面リバースサイドの攻略し、本当だったら手放しで喜んでもいいものだが、思いがけぬ土産みやげを持ち帰ってしまったため、この状態を早くなんとかしなければという思いで一杯だ。


 目の前の自分のベッドには、一人の女の子が横たわっている。さっき攻略したばかりの裏面のボスの間にいた子だ。

 裏面で見付けた時はまさか死んでるのかとも思ったが、すうすうと息を立てて眠っているだけのようだ。


 裏面リバースサイドに人がいるなんてことは聞いたことがない。

 公共の場にある『扉』から入った裏面で、タイミングがずれて入った人同士が出くわすことはあると聞いていたが、俺が入った裏面はそんな場所ではないので、それはない。

 俺がさっきまでいた裏面の『扉』は、俺の部屋の中・・・・にあったものだからだ。


 自分の部屋で『扉』を発見したのは、つい先日のことだ。

 部屋の中の俺の机。その一番下の大きな引き出しの中、雑多に大きめの教科書や本を詰め込んだその奥――底の部分に隠しているエロ本がある。

 このインターネットが普及した時代にエロ本とはいかがなものか、という意見もあるし理解もするが、俺はエロ本が好きだ。独特な匂いや、ネット上から引き出してくる写真や動画にはない、『確かな自分のもの』という感覚があるからだ。まあ、今はエロ本の話はどうでもいい。


 その一番下の引き出しの、積み上がった本の下にあるそれを取り出そうとした時、引き出しの中の空間に『扉』があるのを見つけた。消しゴムほどのサイズの、茶色い枠だけで作られたような扉のアイコンのようなもの。それが宙に浮いて、くるくるとゆっくり回っていたのだ。

 見つけてすぐにタスクに自慢した。『扉』がいたるところに存在するとは言え、完全にプライベートな場所に出現するパターンはあまり確認されていなかったからだ。


ギイチ・・・はいいよなあ。俺もその辺で『扉』がないか調べてみるから、ちょっとどんな感じか見ておいてくれよ」


 俺が自慢した時にそう言ったのはタスクだ。

 最初は一緒に入ってみようと言っていたのだが、タスクより先に一人で裏面を攻略してみたいという気持ちになり、うちに来ようとするタスクをのらりくらりと避わして今日に至る。

 結局ボスの間まで行ってみると、やっぱタスクと二人で来ればよかったと思ったものだが、結果的に攻略できたのだからそこは良しとしよう。


 それより、今の問題は目の前のこれ・・だ。


「しっかし、なんで連れて帰ってきちゃったかなあああ〜〜〜」


 頭をがしがしと掻きながら後悔の念を口にする。

 見たところ、同い年くらいか。いや、少し年上の高校生くらいにも見える。ショート気味の黒髪、純日本人な顔立ち。その辺にいる普通の女の子だ。


 裏面からこの子を連れ帰ってきたのは、決してスケベ心によるものではない。

 攻略した後、一定の時間が経つと『扉』が閉じてその裏面が消滅するという情報を持っていたからだ。

 話によると、裏面自体は消滅するものの、中に残っていた場合などは消滅と同時に入ってきた『扉』のある場所に飛ばされるという話もあったので、もしかしたら大丈夫だったかも知れない。でも取り残されたまま扉がなくなる可能性があるのに、そんなことを試す酔狂な奴がいるとは思えないため、信じられるものではない。安全を期して、ということだ。決してスケベ心ではない。


 しかし、問題は問題だ。

 家に見知らぬ女の子を連れ込んでいるなどバレたら、両親に何を言われるか分かったもんじゃない。更に、この子は裏面から連れ帰った子だ。俺が裏面に行っていたことがバレたとしてもろくなことにはならないだろう。


「まいったなあ、母さんにバレたらヤバいだろうなあ〜〜〜。泣かれでもしたらどうしよう……」


 こんなことを言ったらマザコンかと思われるだろうから他所よそでは口が裂けても言えないが、俺の母さんは基本的に温厚で明るく、器量よしという女性だ。

 滅多なことでは怒ったりはしないが、女性関係には厳しいところがあった。


「結婚してるわけでもないのに、ウチに女の子なんて連れてきちゃだめよ〜母さん怒るからね〜」


 母さんがよく言う言葉だ。

 そう言う時も顔は笑っているが、なんというか笑顔がじめっとしている。横にいる父さんなどは、母さんがそんな顔をする時はいつも読みもしない新聞で顔を隠している。新聞を持つ手が少し震えているので、よほどその顔を見たくないんだろう。


 つまり、パートに行ってるのであろう母さんが帰ってくる前にこの子にお帰りいただく必要がある。どこから来たのかは知らないけど、裏面にいる時も何度も起こそうとしたのに目覚める気配がなかった。今もだ。


「まずいな〜、頼むから起きてくれよ……もう時間がないんだって――」

「よしく〜〜ん、帰ってる〜? 母さん帰ったわよ〜〜」


 なんとか起こそうと、女の子の頬を加減しながらぺちぺちと叩いている時、玄関の扉が開く音がして、母さんの声が部屋に届いてきた。


「終わった……」


 俺は一人、目覚めぬ女の子を前にしてその状況に愕然とする。

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