第02話 洞窟の先で見たもの

 ギィギィという気味の悪い音で満たされている部屋。

 この音、そして部屋の暗闇の中に見えるおびただしい数の赤い点。

 まさかとは思うが、これ全部があのネズミだったらとんでもないことだと思う反面、この予想が当たっているだろうという思いもある。


「この数はヤバいだろ……どうしよ、戻ろっかな……」


 そんなことを言っていると、ざわめく鳴き声のような音が大きくなっていき、赤の点滅が騒がしくなっていった。


「ギィィィイイイイ!」

「――うわわっっ!!」


 暗闇の中から飛び出してきた一匹の鼠を反射的に叩き落す。

 俺が振り下ろしたメイスは運良く鼠の頭にめり込んだらしく、ピクピクという微動の後にそいつは沈黙した。反して、部屋内のざわめきが頂点に達する。


「お、おいおい。ちょっと待ってよ……襲ってきたのはお前らの方から――」

「ギイイイァァァアアアアア!!」


 一匹の鼠が絶命したことを皮切りに、暗闇の中からとんでもない数の鼠が怒声のような鳴き声と共に襲い掛かってきた。まるで豪雨だ。


「くそっ! こんなの聞いてないぞ……このやろおぉっ! 初心者レベルの裏面・・じゃなかったのかよ……くそっ! くそぉっ!」


 俺はもう既に扉の外に出ていたが、鼠共はそんなのは関係ないとばかりに降り注ぐように牙を剥いてくる。そいつらを叩き落としながら後退しているのだが、武器を振り回しても、大量の鼠が群がってくるのを防ぐことができず、体のあちこちがかじられて血が出ている。


 腕や足を振ったり、肩に食らいついた鼠を引き剥がしているが、キリがない。革のジャケットを食い破るほどの力はないが、露出してる部分やズボンを食い破られてあちこちに傷ができる。

 諦めて逃げようとしても、足は向こうの方が速いだろう。


「んのやろおおおぉぉ、覚悟決めたぞぉぉおおおっ!」


 数が減っているように見えないが、片手に持っていたメイスを両手に持ち、バッティングセンターでバットを振るように、フルスイングで一体一体を確実に叩く。

 俺が振ったメイスを潜り抜けてくる鼠はいるが、もう仕方がない。無視だ。多少食いつかれても致命傷にはならないことが分かったら、もう持久戦だ。


「くっそ、痛ぇえ! んがあああああ!」


 全身を振って引き剥がそうとするものの何匹かの鼠が離れないので、地面を転がって剥がしにかかる。

 叩いて叩いての繰り返しの後、地面を転がって鼠を引き剥がし、また叩いてを繰り返して、洞窟の道を徐々に下がりながら鼠の数を減らしていく。もう噛まれてないところはないんじゃないかというくらい、全身がずきずきと痛み、あちこちから出ている血が気になる。


――こんな所で死んだら、俺はただの馬鹿だ。


 そんな思いで頭が一杯になり、なりふり構わずメイスを振り回す。


「はあ……はあ……はあ……もう、はあ……終わりか……?」


 体中は血や泥にまみれているが、弱々しくこちらに飛び掛ってきた鼠を叩き落とし、洞窟内は静かになった。

 人間やる気になれば何とかなるもんだな、とか訳の分からない考えが頭に浮かぶ。


「数がとんでもないって言っても、結局はただのデカいだけの鼠だな……なんとかなるもんだわ」


 汗を拭いながら、鼠の死骸だらけになった洞窟内を、今度はさっきの扉があった場所に向かって進んでいく。

 まだ息のある奴は残っているものの、動けなさそうな奴は放っておき、再び飛び掛ってくる奴に注意しながら奥へ進んでいく。


「はあ……これでもっととんでもないボス・・がいるってんなら本当にヤバいぞ……あー、なんか頭もクラクラしてきた気がする。血を失うと意識が朦朧もうろうとするってのは本当なんだな……まあどうせ元に戻る・・・・し、ヤバかったら逃げりゃいいか」


 全身噛み傷だらけになってるというのに、戦った後でアドレナリンが出ているのか、妙なテンションになりながら俺は歩いていた。

 本当だったら、戻った方がいいかもとか思うんだろう。でも、これで一回戻ってまた入ったら、ゲームみたいに鼠が復活していたなんてことがありそうだ。それはそれで心が折れてしまいそうだと思う。


「頼むぞ〜……俺は死にたいわけじゃないんだよ〜……もう鼠はいないでくれよ〜……」


 先ほど大量の鼠が出てきた扉が見え、小声でぶつぶつと呟きながらその扉を再びくぐろうとしている。独り言で言ったように、まだ敵がいたら今度は本当にダメかも知れない。


「父さんと母さん、俺がこんなことしてるって知ったら何て言うかな……何やってんだ、俺は……ええい、ままよっ!」


 こんな所に来てまでちょっとした後悔の念が押し寄せてくるが、こんな所でうじうじしていても仕方がないと、勢いよく部屋の中に入った。

 入ってみると、部屋の中に動くものは見えない。


「……なんだよ、もういないのか……ビビらせやがって……まあ、勝手にビビってたのは俺か……」


 部屋の中にはいつ灯りがついたのか、部屋の奥に何かの容器みたいなものが二つあり、そこに灯った火が部屋の中を照らしていた。

 その二つの灯りの真ん中に、いかにも宝箱ですというような装飾のついた小さめの箱と、その横に大きな木箱があった。


「まったく、デタラメだな。誰もいないのに火がつくってどーいうことだよ……それにこの宝箱……ゲームみたいだな、本当に」


 部屋の中にもう鼠がいないことを確認すると、俺は中に入っていく。

 真っ直ぐ装飾のついた箱の前に行って躊躇ちゅうちょなくそれを開けると、中には大事に中敷に包まれた赤いガラス玉のようなものがあった。


「これか……こんな飴玉みたいなもん一つのために、こんな目に合うのか……なんだか割りに合わないな――ってこれ、赤ジェムじゃねえか!」


 予想外の報酬に驚きもしたが、俺はすぐにその玉を箱から取り出してポケットにねじ込む。


「……こっちの箱はなんだ?」


 聞いていた話と違う。

 俺が調べた限りだと、裏面の中にはボスの間が必ずあるとあったが、その部屋にあるのは宝箱が一つともあった。


「なんだか怪しいな、罠とかじゃないだろうな……まあでも開けてみないと分からないか」


 どこか気が強くなっていた俺は、その横にあった大きい箱の蓋をがばっと開いた。

 そしてその中にいた者・・・を見て絶句する。


「なんで……こんな所に、女の子・・・が……?」


 箱に入っていたのは、薄いワンピースのような服を着た一人の女の子だった。

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