第一章 はじめての裏面攻略
第01話 ソロプレイ
暗く、ひんやりとした洞窟。
俺は湿った壁に手をついて、その感覚を頼りに前に進んでいく。
明かりと言えば、天井にくっついている光る何か――天井が高くてよく見えないが光る鉱石があり、ある程度の視界は確保できる。
それでも壁に手をついて歩いているのは、暗い足元に時たま生えている湿った苔に足をすべらせ、既に何度も転んでいるからだ。
空いた右手に持つのは棍棒――
持ち手の先に柄が伸びており、重量のある金属の柄頭が付いている。
あまりファンタジーらしいとも言えないので気に入っていないこの鈍器は、片手で振り回すのには少し重く、しっかりと踏ん張らないと体重ごと持っていかれる。
洞窟内の気温は大分低いが、さほど寒くはない。俺が去年のクリスマスに親にねだったライダースのジャケットを着ているからだ。
中学三年にもなって親と買い物に行くというのはどうか、そういう意見もあるだろう。大してお洒落には興味がなかったが、関東圏内の片田舎である我が地元では新しく出来たショッピングモールの話題で持ちきりであり、クラス内でブランド物を身に付けることがある種のステータスとなっていたことが原因だ。平たく言うと、若者らしい小さな見栄だ。
そんなことはどうでもいい。
一歩一歩、ゆっくりだが暗い洞窟内を踏みしめながら、今日の目標を胸の内で復唱する。ここに足を踏み入れる前に決めたこと。「
もう幾度となく訪れたこの洞窟。
自宅の部屋の机、その引き出しの中に現れた『扉』に入ることを試み、攻略に何日もかかっている。
洞窟内の構造はもう大体頭に入っているし、噂に聞く
インターネット上にまとめられている情報を見て、ここまでの準備をしてきた。
同じクラスの悪友でもある
「ギイチは頼りないからな〜、俺が一緒に行って攻略してやるよ?」
そう言ったのはタスクだ。ギイチというのは奴が呼ぶ俺のあだ名で、
ちっちゃな見栄だが気持ちとしてはもう後には引けない。なけなしの小遣いで買ったメイスだってある。憂いなどないはず、だ。
怖気づくような胸中に、大丈夫だと何度も語りかけ、ゆっくりと歩みを進める。
「キィィィィィィィィィイ!!」
さび付いた自転車のブレーキのような甲高い音――もとい声が前方から聞こえた。
「う、うわっ!!」
曲がりくねった構造の洞窟内、左に折れていく通路の奥から飛び出した
急に現れた犬くらいのサイズの鼠に驚きはしたものの、右手に持ったメイスを反射的に振り下ろしてその脳天を叩く。
「ギギィ……」
石の地面に叩きつけられ呻き声を上げる鼠だったが、間髪入れずにメイスでその頭を割る。暗くてあまり見えないが、地面にぶちまけた血肉のようなものが飛び散るのが見えた。
「ふう……こればっかりは慣れないな……」
周りには誰もいないのに一人呟いてしまった。この洞窟で出てくるのは、さっき叩き潰した鼠のような生き物ばかりだ。
もう少しファンタジー感のある――例えば動く骸骨だとかスライムだとかが出てくれればいいものの、よりによっての鼠だ。動物と
収集した情報から、洞窟のエリアには鼠のモンスターが出ることはよくあることだと知っていたし、初めてこの場所に入った時からこんなことを繰り返しているのだが、慣れないものは慣れない。
武器を買う金がないからと言って、鈍器の代名詞とも言えるメイスを選んだのが間違いだったかとも思うが、今更そんなことを思っても仕方がない。
目的の場所――ボスの間まではあと少し。
今日こそはこの洞窟を
「最初は鼠にもよく噛まれたもんだけど、意外といけるもんだな」
一人でいると独り言が多くなる。
初めてここに来た時は生き物のような敵を倒すとしても、生々しい感触に絶句したものだが、慣れないと言ったものの段々その感覚も薄れてきている。
人としてダメな方に向かってるんじゃないか、という疑念が頭に浮かぶも、それはそれとして前に進む。
何匹かの鼠を撃退し、進んだ先には一つの扉があった。
洞窟の中に急に現れた巨大な木の扉。ここ――
呼吸を整え、扉を開けようとする。
ここでは生も死もあり得る。おせっかいのつもりか、調べた情報にしつこいくらいにそう書いてあったので、分かっている。扉を開けた先が地獄かも知れない。
必死になって調べた情報からは、この規模の
「いくぞ……いくぞ、今日こそは突破するんだ」
決めたはずの目標に反して足が中々動かないが、言葉を
意を決して開けた扉の先。
その暗闇の中には、赤くおびただしい数の小さな光があった。
ごくりと唾を飲み込み、暗い部屋の中へと入っていく。
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