第二章

十一曲目

僕たちは公園に集まって、オーディション当日まで毎晩練習した。

 たまに、朝の四時になるまで練習する日もあった。

 

 そして日曜日、決戦の時が来た。


 渋谷の駅からオーディション会場までの道のり、僕たちの会話は弾まなかった。


 2人でメールを何度も確認して扉を開ける。


 そこからは緊張して余り覚えていない。


 大きなミスはなかった気がするが、一体どうだか。隣にいるハルは、ほっとしたような顔をしている。


「ハル、どうだった」

「受かるよ、絶対」

「さすが」

「ナツは」

「あんまりわからないや」

「大丈夫、ナツも受かる」


 ハルは優しく笑って言った。


 ひとまず、安心した僕たちは24アイスクリームに寄った。熱くなった頭と心を冷ますには丁度いい。


 僕はストロベリーチーズ、ハルはレモンソルベだ。


 遠くからセミの声が聞こえて来る。


「もう夏か」


 ハルの汗ばんだ声が頭に響いた。僕の嫌いな夏が始まろうとしている。


 でも、今年は何か違うかもしれない。


 帰り道、ハルがイヤホンを片方差し出してきた。不協和音に似た音が耳に当たる。

 

「電光板の言葉になれ

 それゆけ幽かな言葉捜せ

 沿線上の扉壊せ

 見えない僕を信じてくれ

 少年兵は声を紡げ

 そこのけ粒子の出口隠せ

 遠い昔のおまじないが

 あんまり急に笑うので」

 

「何この歌」

「米津玄師のゴーゴー幽霊船、人気じゃん最近」

「確かに、あんまり知らないけど」

「米津、いい歌うたうよ」

「そうなんだ」


 そんな会話をして電車に揺られていた。

 僕は、緊張から来た疲れとハルから届く体温を感じてゆっくり眠りについていた。


 それから三週間くらいした帰りのホームルーム。


 メールが届いた。開く。


 そこには、合格の文字。

 

心臓が飛び跳ねたが、とりあえずスクロールして、内容を確認する。


 僕はメンバー確定らしい。


 いや何故。


 1年間は練習生として事務所のレッスンに通うと。これから、活動するにあたって宿舎でメンバーと暮らすこと。レッスン費、宿泊費は無料。これを読んで、活動する気があるなら返事をくれ、など書いてあった。


慌ててハルにLIMEする。


「オーディション受かった」



 いつもならすぐに返事が返ってくるのに、今日はやけに遅い。もう一度連絡しようとした時、ハルからLIMEが来た。


「僕も連絡来た」

「受かったよな」

「うん」

「よかった」


 よかった。

 これで僕はハルと同じ道を歩める。応募してよかったと心から思った。

 安堵している僕をよそにまたLIMEが届く。

 

「でも」

「何」

「仮って書いてある」

 

 文字を打つ手が止まった。

 仮ってなんだ。


 僕はもう一度自分に来たメールを覗く。

 仮なんて言葉は1つも書いてなかった。 


「ナツも仮だよね」


 すぐさま、一番嫌な質問が目に入ってくる。いや、もしかしたら、向こう側の人間が仮の文字を忘れてしまったのかもしれない。


 そうだ。そうに違いない。


 でも、なんて言えばいい。


「仮だよ」


 仮とは書いてない、けど。 


 これでいいんだ。


「やっぱりかー」


 いつものハルの笑顔が頭に浮かんで来た。


 もし、僕が本当に仮じゃなかったら。

そんなことを考えてしまう。

 帰りのチャイムが鳴り、ハルが教室へ迎えに来たことにも気がつかないまま、僕は


「メンバー確定」


の文字を睨みつけていた。

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