十二曲目
帰り道、ハルとの会話にオーディションの話題が出ないよう仕向けた。なんとか成功したものの、それで僕はすっかり疲れてしまった。
事務所に向かうのは二週間後。
ハルと一緒に活動するとメールを送ったら、事務所に来てくれとすぐに連絡が来た。その時ハルは依然として、明るく前向きだった。
二週間というのはあっという間で、僕たちは渋谷にある事務所に来ていた。
music Hunter
その文字に怖気付きそうになるのを必死に堪え、ハルと同時に扉を開けた。
「だから、ナツくんは仮じゃないよ」
話を始めて何分が過ぎただろうか。聞きたくなかった言葉はあっさり耳に流れてきた。
僕のメールに仮の文字がなかったのは手違いじゃなかったのだ。こんなの最悪だ。
ハルの顔を見ることなんて、今の僕にはできない。
いつのまにか僕は床に並べてあるコンクリートのタイルと睨めっこしていた。
「じゃあ、ナツはメンバー確定なんですか」
「何回も言わせないでくれ、そうだよ」
ありえない。仮になるなら僕のはずだ。僕は本気なんかじゃないのに。
「仮だからといって、メンバーになれないわけじゃない」
「はい」
「今の段階じゃ厳しい、というだけだ」
「はい」
「では、来週から宿舎で生活してもらう」
「え、早くないですか」
ハルが驚いて問いかけた。
「早いに越したことはないと思うけど」
まあ、プロデューサーの言葉は確かにそうだ。
僕たちはヒップポップグループとしてデビューし、売れなくてはならない。でも、他のメンバーの顔も見たことがなければ、僕たちはヒップポップをやったことがないのだ。
「早く環境に慣れる為にも来週からお世話になります。よろしくお願いします」
僕は覚悟を決めてそう言った。
帰り道は今までにない程、気まずかった。
そのなかでも、ハルの顔から笑顔が消えていることだけはよくわかった。
最寄り駅を降りた時、ハルが口を開いた。
「頑張らなきゃ」
「うん」
「確定おめでとう」
「ありがとう」
今、上手く言葉を紡げない僕を許して。
ハルに向けて掛けようとする言葉はどれも不安定でしかたなかった。
目の前に広がる、駅から家までの道がオレンジ色に染まっている。
景色が美しく見える、見えてしまう。
何故なのか。
理由をわかってしまう自分に嫌気がさした。
「僕はこっちだから」
そう言ってハルは僕に背を向けた。
すると同時に18時のチャイムが鳴り出した。夕焼け小焼けの音楽はハルの背中を押すように流れていた。
「また明日」
これしか言えない僕。でも正解なんて探したところでないんだろうなとも思う。
「明日」
ハルが振り返って絞るように出した言葉を僕はしっかり胸にしまった。
夕焼けに染まっているハルの目元に光るものがあることに、僕は気がつかないふりをした。
四時 森野雨鷺 @kurage_noge
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