十曲目

 さあ、どうしよう。


 昨日も、練習をサボってしまった。二十一時に寝れることの喜びに負けてしまったのだ。


 学校に着くと、教室の前にハルを見つけた。すると、ハルもすぐに僕を見つけたようだ。


「おはよう、ナツ」

「おはよう」


 次に来る言葉はわかってる。


「決めましたか」


 ハルはニヤニヤしながら僕の言葉を待つ。


「受けるよ」


 昨日、深夜まで考え倒した答えはこれだ。

 とりあえず、やってみなきゃわからない。


「よし、がんばろ」


 ハルはわかりきったような顔をしていた。


「応募はいつ締め切りなの」


 そういえば、締め切りがいつなのか見てなかったと思い聞いてみる。


「明日」

「え」

「だから、決めてきてくれてよかった」

「ちょっと待って、用紙とかないの、早く書かなきゃ」


 せっかく送ろうとしてるのに届かないなんてのは悲しいすぎる。


 ハルを見ると、余裕そうだ。


 いや、何故。


「ナツくん、今は応募フォームというものがあるんだよ」


 スマホを僕にちらつかせてくる。そうか、今はスマホでできるんだ。文字を打ってボタンを押すだけでいいなんて、すごい世界になったな。


「あ、そうだったね」

「あれ、ナツはおじいちゃんだったかな」

「おい、僕は機械音痴なんだよ」

「知らなかったよ、おじいちゃん」

「おじいちゃんじゃないって」

「強がらないでいいんだよ、おじいちゃん」

「もうわかった、おじいちゃんでいいよ」


 なんて会話していたら、ハルがもう自分の情報を打ち込み終わったようだ。僕も名前や生年月日を打ち込んでいく。


 次に目に入ったのは、志望動機の欄。


 それっぽい事を書いておこう。

 書類審査はとりあえず通りたい。


 全ての欄を埋め、ボタンを押す。


「結果は一週間以内に来るみたい、オーディションは来週の日曜日」

「なんか緊張するわ」


 メールボックスに合否が来るのか。なるべく早く来てくれたら嬉しい。準備が出来るから。


「絶対合格しようね」

「うん」


 やる気満々のハルを横目に生返事をしてしまう。これでいいのか、まだ迷っている。大丈夫、ハルがいるから。と自分にいい聞かせている。


 するとチャイムが鳴った。

「あとでね、返信来たら教えてよ」


 走りながら、ハルがその言葉を残していった。

 それからの授業はうわの空だった。

 毎日、たいして真剣には挑んでいなかったけど、今日は特に落ち着くことがなかった。


 ハルとお昼を食べて、どうでもいい話をして、午後また緊張して。


 そんなふうに過ごして三日経った日の午後、スマホが震えた。


 またハルからのメッセージかと思ったらLIMEアプリには何も書いていない。もしかして、と思いメールボックスを開く。そこには、1の数字が記されていた。


 来た。


 僕はすぐさまメールを開いた。


 2次審査へのご案内。


 書類審査は受かったようだ。


 よかった、と思うと同時に焦りが湧き上がる。とにかくハルに連絡するためLIMEを開いた。


「オーディション2審査へのご案内来た」


 送信ボタンを押す。

 数秒してから返事が来た。


「僕も案内のメール来てた、今送ろうとしてたとこ」


 ハルも2次に行けるようで安心した。


「オーディション日程は日曜日の十二時半からなんだけど、ナツはどう」 


 ハルからの問いかけで、日時を見てなかったことに気がついた。戻って確認する。


「日曜日の十三時から」


 送信

「了解、一緒に会場行こう」

「わかった」

「練習するよね」

「当たり前」

「明日、あの公園でやろ」

「放課後でいいよね」

「いいよ」


 なんて会話をして、スマホを閉じた。オーディションで踊る曲は一番得意なやつにしよう。


 帰りのチャイムが鳴って音楽が流れる。


 今日はサカナクションの「ミュージック」


「流れ流れ

 鳥は遠くの岩が懐かしくなるのか

 高く空を飛んだ


 誰も知らない

 知らない街を見下ろし鳥は何を思うか

 淋しい僕と同じだろうか」


 鳥。


 その言葉を聞いたとき、僕はハルと初めて会った日を思い出した。


 三階の自習室。

 背中を震わせていたハル。

 窓の向こうには鳥。

 思わず僕は、窓の向こうを見た。

 そこには青空が広がっている。


 ハルの背中には、もう翼が生えている気がする。僕が追いつけないスピードでどこまでもこの空を飛んで行ってしまいそうだ。


 僕はどうだろう。

 翼が生えているか。

 わからない。


 できればハルと一緒に飛びたいけど。


「ナツ」


 すっかり聴き慣れた声が、背中を通って頭に響いた。

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