九曲目
どうしてこうも自分は、真面目に授業を受けられないのだろう。そう、思いつつ机の下でスマホを弄る。
ハルからのメッセージに返信したいのだが、どう返そうか迷って1限目が終わった。
「うん帰ろ」
これでいいのか、もっといい言葉があるんじゃないか、と思うと打った文字が消えていく。
スマホと睨めっこして、2限目も終わりそうなころ、僕はえいっとボタンを押した。
「もちろん」
この一言のために二時間費やしたが、とりあえず送れたので良しとする。
安心した僕は、スマホをポッケにしまった。窓の外はどこまでも青色が広がっている。そろそろ夏が来ることを僕は思い出していた。
お昼になると、ハルが教室の前にやってきた。僕はすぐに駆け寄る。
「一緒に帰る前にさ、一緒に昼だったね」
その言葉に、僕とでいいのか、と思ってしまう自分がいる。上京して、初めての友達にウキウキしてしまっている自分がいた。
「僕がいつもお昼食べてる場所に行ってもいいかな」
ハルに僕のお気に入りの場所を教えたいと思った。
そのまま二人で購買部へ向かい、僕はアメリカンジャンボハンバーガー、ハルはメロンパンを買って歩く。
ハルは頭にハテナマークを浮かべながら、僕についてくる。
屋上へ続く階段を上ると、ハルはクスクス笑い出した。
「なに」
「いや、わかっちゃって」
「ここまで来れば、わかるよね」
僕はどかっと、屋上のドアの前に座った。ハルも続いて座る。
「内緒の場所」
僕はふざけて小声で言ってみる。
「いい場所だね」
ハルの口から出た言葉は意外なものだった。もっとバカにしてくるかと思った。
正反対の人間だと思ったけど、そんなことないのかも。
「あのさ、ナツもオーディション受けてみない」
ハルが淡々と言葉を紡いだのは、お誘いだった。
「朝のやつだよね」
「そう、ナツがいたら心強いから」
ヒップポップグループに関しては入りたいとは思っていない。僕はハルに比べてヒップポップ愛がないから、受けたとして落ちるのが見えているし、あのジャンルのダンスが出来るとは思えない。
でも、ハルと同じ道を歩けるかもしれないということ。
それが、今引っかかっている。
「ちょっと考えさせて」
「うん」
ぐう、とよく分からないタイミングで僕のお腹がなった。
メロンパンを一口かじっていたハルが、パンを吹き出しそうになっている。
僕は慌てて謝ると、苦しそうにしながらも首を横に振っているハル。
なんだか恥ずかしくなって、とりあえず急いでパンの袋を開けてみる。そんな僕を見てハルがまた笑い出した。
ものすごい勢いで笑ってるから、こっちまで笑ってしまう。
それから何分笑っていたか、わからない。
ハルが笑うから、僕が笑って、僕が笑うからハルが笑う。
笑い疲れてきて、またパンを食べる。
「一口しか食べてないのにもうかっぴかぴなんだけど」
そう言いながら、またハルが笑い出した。
「それは嘘でしょ」
僕は、一口食べた。
かっぴかぴだった。
それから、二人で思う存分笑った。久々の大笑いで僕は幸せを感じた。
意を決してかっぴかぴのパンをもう一度口に入れた時、チャイムが鳴った。僕たちは、笑いながら、階段を下りてものすごい勢いで走った。
楽しかった。
教室についてからも、僕はずっとニコニコしていた気がする。
ふと、窓に目を移すと外に鳥が飛んでいるのを見つけた。
オーディションを受けてほしい。
そう言われたことを思い出した。午後の授業は当たり前のようにそのことだけを考えて過ごした。答えが堂々巡りになって気づけば最後の帰りのチャイムが鳴った。
「人生を悟る程 かしこい人間ではない
愛を語れる程 そんなに深くはない」
今日はゆずの「少年」のようだ。
また古い歌を流すなあと思いつついる。
「単純明解脳みそ グルグル働いても
出てくる答えは結局 Yes No Yes No」
今の僕の歌だな。
結局どっちにするか迷っている。
受ける、受けない。yes no yes no。
「ナツ、怖い顔してるけど」
突然、現れたハルに飛び上がってびっくりしてしまう。
「何、どうしたの」
「まだ決めてなくて考えてた」
「え、今」
「いや、授業中これしか考えてなかった」
「それもそれだけど」
「まあ」
「もちろん、ってメッセージ来た時も焦ったよ、今かよって」
「あ」
「あ、じゃないよ。授業中バイブにしてたからよかったけど、してなかったら終わってた」
「すまない」
「んで、受けるか決めたの」
「いや、会話中に決めんの無理だろ」
ハルに、明日絶対決めるからもう少し待ってて、と言って延長してもらった。
さあ、どうしようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます