七曲目


結局、ハルはヒップポップダンスを最後まで見た。


人だかりが消えていった後、満足そうな顔をして僕の隣に駆け寄る。


「あれをやりたい」


 僕は、その言葉に驚いた。


 興奮冷めやらぬ、まさにそんな感じで見つめてくるハル。瞳は真っ直ぐで意志が宿っているように見えた。


「いいと思うよ」


 僕は生まれた言葉を素直に伝えた。

 彼の実力ならきっとすぐにできるようになってしまうだろう。そう思ったから。


「でも、お父さんにどうやって言おう」


 ハルは不安げな顔をしてみせる。話を聞いたかぎりじゃ、彼のお父さんは手強い。


 ハルという「モノ」が意志を持ったら、お父さんは何ていうのだろうか。


「お父さんに内緒でやろう」


 それが一番だと思った。


 ハルは少し悩んでから、首を縦に振った。


僕たちは、お互いの家の方角を確認した。まさかの真逆なことに、二人ともがっかりして手を振って帰路に着くことになった。


 誰もいない家に帰る。


 いつもならジャズの練習が二十一時に終わってそれから帰る。家につくと、シャワーを浴びてすぐに寝る。その繰り返し。


 でも今日は時計を見ると十九時八分。

時間が有り余ってる。とりあえず、服を着替えよう。制服をのたのたと脱ぎ、部屋着に着替える。部屋着に腕を通すのはいつぶりだろう。


ベッドに座ってスマホを見る。ふと、ハルに連絡先を聞くのを忘れてしまったことに気づいた。


「LIMEじゃなくても電話番号くらい聞けばよかった」


 LIMEは無料通信アプリだ。IDの教え方が難しいから、僕はあんまり好きじゃないんだけど。


せめて電話番号がわかればショートメールとかできるのに。僕は、明日絶対電話番号を聞こうと心に決めた。


スマホの検索欄に、


「ヒップポップ 有名 曲」


 と打ち込む。


一番上に出てきた動画には「KRS-One Step Into A World」と書いてある。


 ヒップポップはロックと近いイメージがあったからあまり聞いてこなかった。だから、この人達も僕は全く知らない。とりあえず、聞いてみようと再生ボタンを押した。


 ゆっくりと画面が動きだす。ディスクジョッキーの音と、テンポのいいビート、それから女の人のゆったりした綺麗なボーカル。少ししてから男の人の声が入ってきた。


 やはり、忙しなくて少し苦手だと感じる。

次第に、女の人のボーカルだけじゃ駄目なのかと僕は思い始めた。

 それじゃヒップポップにはならないとわかりつつも、それを望んでしまう自分がいる。


 流れているMVを無視して、まくら元へスマホを投げる。ハルがこの曲でダンスをしているとこを想像してみる。


 成績が良く、品があり、先生から信頼されているハルがヒップポップを踊る。

 意外性があるものの、確実にうまく踊っているところが想像できてしまう。


「ほんとにやりたいダンス、か」


 僕は自分がやりたいダンスはなんなのか頭をまっさらにして考えてみることにした。


 ダンスの基礎は、バレエだ。僕も少しだけできる。


 そこから、ハルが極めているコンテンポラリー、たしかモダンっていうのもあって、僕が練習しているジャズ。細かく言うとシアタージャズと呼ばれるもの。さらにタップ、社交ダンス、フラメンコやサンバ、日本舞踊。


 ハルが惚れたストリート系はまずヒップポップ、名前しかわからないけどロッキンやポッピン、さらにハウス、ワッグなどがあるらしい。


ストリート系のダンス動画を検索して見てみる。


 ひとつひとつ、体の使い方や見せかたが違う。ダンスはほんとうに奥深い。


「やっぱ、シアタージャズが一番だな」


 改めて考えてみても、僕にはジャズが一番だった。


 僕は動画を止めて、お風呂に入る準備をすることにした。明日、3組までハルに会いに行こうかな、とパジャマを用意しながら思った。


 お風呂から出て、冷蔵庫から自分でパックを入れて作っている麦茶をコップに注ぐ。


 夜ご飯はストックして買ってあるサラダチキンと、百円で買える袋のサラダ。これだけ。

 ささみは、筋肉をつけたい人の味方だと思う。


 昼間、カロリーをかなり摂取しているから夜は控えるようにしている。太りたくはないけど、好きなものが食べられないストレスは恐ろしい。


 なんどもリバウンドして、今やっと体型を維持できている。ご飯の後に、牛乳を一杯飲む。これは無駄な間食を防ぐため。


 時計を確認する、二十一時十七分。早いが明日に備えて寝て見ようと思った。


 アラームを六時二十分にセットして、僕はベッドに潜り込んだ。

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