四曲目
気付いたら、僕はボロボロと泣いていた。
学校にいる時は「無」でいようと心がけていたのに、こんなにあっさりと防波堤を乗り越えて涙が溢れてくるなんて。
「ハル、いじめられてたのに何にも知らなくてごめん」
溢れる涙が止まる気配はなくて、嗚咽混じりの言葉は聞こえてるかわからない。
「僕、別にいじめられてるわけじゃないよ」
ハルの口から出たのは意外な言葉だった。
いじめられていない。
え。
「学校を休んでたのは、世界大会に出てて、日本にいなかったから」
世界大会、日本にいなかった、って何だ。
え、普通に優等生なんですか。
「でもさっき、なんか話したくない様な雰囲気だったじゃん肩とか震えてたし」
「ごめんね、ちょっとからかってみたかったの。肩が震えてたのは、笑いそうになるのを堪えてて」
笑いながら話を始めるハルに、殴りかかりたかったが僕は必死に我慢した。
誰か僕を褒めて欲しい。
「出会って一日目の人間に、そういうことするか普通」
強く言ったものの、目の前のハルが満足そうに笑っているのを見て僕は呆気にとられてしまった。
「ナツとは友達になれそう」
だからさ
「やっぱりいじめられてるだろ」
「いじめられてないよ」
「じゃ、なんで友達になれそうって言ったの」
「なりたいから」
「え」
「友達に」
この時のハルのドヤ顔を僕は一生忘れないと誓った。
「わかった、友達でいいよ」
僕を見つめるハルの目が、少し眩しくて二つ返事をしてしまった。
「ありがとう」
嬉しそうに笑った後、スマホを取り出す。
「ナツに世界大会の動画、特別に見せてあげるよ」
慣れた手つきで操作しているハルに、疑問を投げつける。
「世界大会ってなんの」
「コンテンポラリーダンス」
「何それ」
なんだか、かわいい音がするダンスの名前。でも全く聞いた事がない。
「コンテンポラリーダンスは現代舞踊って呼ばれてたりする。言葉で表すのが結構難しいんだよね、とりあえず見て」
ハルは画面に映った再生ボタンを押した。
流れ出した音楽とともにハルらしき人物が踊りだす。
あまり現代舞踊に興味が無く、知識がなかったけどバレエの基礎が無いと踊るのは難しそうだ。
とにかく、軸がしっかりしている。
音楽は時計の針の音がリズム良く聴こえた後、シューマンの「トロイメライ」がハープの音色で耳に流れこむ。
画面の中にいるハルは風の様に滑らかにステージ上を舞っていた。
曲の終わりと同時にハルも動きを止める。
「すっごくいい」
「でしょ」
僕が褒めると、ハルは得意げな顔をしながら微笑んだ。
でも、目が少し遠くを見つめる様な、笑ってない様な。
「やばい、もう練習始まってる」
ふと時計に目を移すと、一七時三十六分を指していた。
「え、なんか練習あったの」
ハルが意外そうな顔をしてこちらを見ている。まあ、茶髪、ピアス、遅刻常習犯じゃ、ただの不良にしか見えないか。
「ダンスの練習、現代舞踊じゃないけど」
「え、なんの」
ダンスの練習と言葉を発した瞬間、ハルの目が変わった。鋭い眼光が僕を貫く。
その眼差しだけで、どれだけ踊りに対して真剣なのか、嫌というほどわかった。
「ジャズだよ」
ハルの力強い目に気圧されないように、はっきり声にした。
でも、ハルは何も言わないでゆっくりと目を伏せる。
「楽しいの、ジャズって」
そう問いかける彼の声は、少し憂いを含んでいた。
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