二曲目
真剣にただ真剣に僕は並んでいる。目標は「アメリカンジャンボハンバーガー」
ただ一つ。
これは、購買部にあるパンの中でも群を抜いて食べ応えのある品で、僕のお腹のみならず心まで満たしてくれる優れものだ。
今日もチャイムと同時に教室を飛び出して階段を下り、列に吸い込まれていく。
かなりのスピードで走ってきたつもりだったのに、着いた時にはもう三人並んでいた。
僕は静かに順番を待つ。
一人、またひとりとお目当てのものを手に入れて笑顔で去っていく。
さあ来た、僕の番だ。
「あの」
待ってろ、
「あの」
アメリカンジャンボハンバーガー!
「あの!ナツくん!」
誰かが僕の名前を呼んだ。
え、今なの。
「なんですか」
自分が発した言葉に余裕がないのを感じる。まあ、アメリカンジャンボハンバーガーを前にして余裕ある人間のほうが少ないと思うけど。
「今日補習だよね」
目の前の男が発した「補習」再びこの二文字を思い出したのはこの時だった。
「あ、忘れてた」
思い出したくないけど、思い出さなきゃいけなかった事を思い出した。
補習のせいで練習に行けなかったらどうしよう、と思うとため息が出る。
最悪、バックれようか。
「まあ補習嫌だよね」
男は少し笑いながら言った。ため息が伝わってしまったようだ。
それより、さっき僕の名前を呼んだような。どうして知ってるんだろう。上履きの色は一緒だから同じ学年ではあるんだろうけど、僕は見たことないぞ。
「あのさ、なんで僕の名前知ってるの」
質問してみると男は驚いたような顔をしてから静かに答えた。
「えっと僕も今日補習なんだよ、先生が一組の野口ナツも一緒だからって」
「そっか、君も一緒なんだ」
なるほど、先生が教えたのか。
じゃあ今日はこの子と一緒に補習するんだな。
バックれられない、か。
さあて、どうしようかな。
「僕は三組の市川ハル、ごめんね自己紹介遅れて」
「ああ、大丈夫」
「放課後、三階の自習室に来てって言ってたよ先生」
なるべく急いで帰りたいのに三階とはついてないな。
「わかった、ありがとう」
「じゃあ放課後」
「おう」
放課後また会うであろう市川ハルは、別れを告げると階段の向こう側に消えていった。
僕が話を終えて購買部に向き直した時にはアメリカンジャンボハンバーガーがない事は話すまでもないだろう。
しかたなく代わりに手に入れたのは
ジャンボ焼きそばパン。
ジャンボって書いてあればお腹は大体満たされる。
でもアメリカンジャンボハンバーガーじゃなきゃ心までは満たされないのだ。
悔しい。
お昼を食べるのはいつも決まって屋上の扉の前だった。
今日もひとり座ってドアに寄りかかる。ジャンボ焼きそばパンを傍に置き。ポケットからスマホに繋がっているイヤホンを取り出して耳にあてる。
スマホの音楽リストから「Shape of You」を流す。これは今練習に使っている曲だ。
音に任せて身体を動かす。
少し早いビートがなんとも心地良い。
一番が終わったところでジャンボ焼きそばパンを手にとり頬張る。
あまり食べない品だが、なかなか美味しい。まあアメリカンジャンボハンバーガーには及ばないけどね。
ぺろっと焼きそばパンを平らげた頃には流していた音楽は二周目に入っていた。
今の時刻を確認しようとスマホを覗く。
一二時四十二分。
購買部で話していたからだろう。
いつもなら二周ゆったり聴けるはずの
「Shape of You」はここでさよならすることになった。
朝、既に遅刻しているのに午後も遅刻、となればどうなるかわからない。
僕は足早に階段を下っていった。
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