第一章

一曲目


 小さなブラックボックスの中、見たことのないバンドが首を振りながらギターを弾いていた。


 でもどうして僕がここにいるのかがわからない。音楽を聴くなら絶対にロックを選ぶような人間じゃないのは自分がよく知っている。

 しかし、エレキギターの音が絶え間なく鼓膜を揺らしてくる。周りの人は叫びながら首を振っている。

 しばらくして熱気やら眩しい光やらに僕はすっかり酔ってしまった。さあ、待っていましたと言わんばかりに頭も痛くなってきた。

 出よう。沢山の揺れる頭の向こう側、一つ扉があるのを見つけた。溢れかえっている人間を掻き分けながら、入ってきただろう扉に手をかける。外に出られる喜びで手に力が入るのがわかった。僕は弾む勢いで重い扉を開ける–––


 扉の外にはカーテン。


 そして目覚まし時計がこれでもかと鳴り響いていた。


 しかもロック。

 なるほど、さっきのは夢か。


 昨晩、あまりにも朝が弱い自分のために目覚ましの音楽をロックに変えていたのだ。

 耳障りだから、起きれるだろうと思って。


 しかし結果は起きるどころかロックバンドの演奏を聴かされてしまうことになった。

 これは完全に失敗だ。


 僕は眠たい目を擦りながら騒がしくなり続ける目覚まし時計を止める。同時に七時五分という数字が目に入った。ぞわっと全身に鳥肌がたつのがわかる。あと十五分で家をでなきゃいけないという事実がそこにはあった。


 弾かれたように布団から出て流れるように服を脱ぐ。この流れは今日で何回目だろうか。


「今日は大丈夫だと思ったのに」


 自分以外誰もいない空間に汗ばんだ呟きが漏れる。

 夢を追いかけて上京したのはいいものの、よく考えたら学校は遅刻しかしていない。ちゃんと時間通りに行けたのは入学式くらいだったような。


 あ、どうしよう。


 今日遅刻したら放課後補習だと言われた事を思い出した。夕方は大事な練習があるのに。


 そんな事を思いながらスラックスを履く。


カーテンが盛大に靡いたのを見て、いつの間にか遅くなっている自分の手元に気づいた。


慌ててネクタイを締め、何が入っているかもわからないカバンを持ち玄関に滑り込む。踵を潰して履いているローファーは自分なりに大切にしているお気に入りだ。

 玄関の鍵を閉め学校を目指して走り始めた。


 5分遅れて校門をくぐった頃に、僕はすっかり補習のことなんて忘れてしまっていた。

 

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