名探偵の憂鬱

水金

第1話 山奥の洋館にて

「招かれの身でありながら人の息子を殺人犯呼ばわりとはどういうことなの!恥を知りなさい!」

 私は正座をさせられ叱責を受けている。私の周囲を取り囲んでいる家族皆の視線は冷たい。ビジネスで成功しこの豪邸を建てた主人、両親からの英才教育を受け育てられた一人息子、ナイスミドルの執事、叱責している婦人、主人の弟、甥……大理石の床は冷たい。


 どうしてこういったことになったこと言えば、一言で言えば殺人を止めたのである。未然に。名探偵たる私はこういった洋館での連続殺人に何度も遭遇してきた。連続殺人が起こるその都度持ち前の推理力で解決し、名探偵の称号をほしいままにしてきたのが私である。しかし、それで亡くなった人が返ってくるわけではない。あたりまえのことであるが、人を死なせてしまった段階で既に犯人に敗北しているのである。バッドエンドがビターエンドになっただけだ。殺人事件を解決することで称賛の声が上がるが、人を死なせないことこそが最も重要なのである。何より私自身が遺体を見るのが好きではない、まあ、好きな人は異常者なだけであるが。そこで、どうにか殺人を減らす方向で健闘してきた。そうした中で、いわゆるクローズド・サークル系の連続殺人に何度も遭遇する中で、私はいよいよ殺人が起こる前に犯人の目星をつける能力を身に着けた。あの、ケヴィン・スペイシーが映画に出てきたときの感覚や、あの、偽りの笑顔が顔面に張り付ききっている善良に振舞っている人間の不気味さ、そのような、いわゆるミステリーあるあるを察知する能力が現実世界でも身についたのだ。そして今回で言えば、彼、大富豪の一人息子の声が石田彰に似ていただけだ。


 今回の連続殺人の犯人はこいつになる……そう思い物陰から監視をしたのだ。監視すること3時間。そして見たのだ!彼が灰皿を持ち、ソファでくつろいでいる其の母に向けて振りかぶるのを!思わず、やめろ!と叫んだ。息子は叫び声にビクッとし、その場で振りかぶった灰皿を下ろした。

「ちょっと何なの急に大声をあげて、びっくりするじゃない」

そう言うのは夫人である。私は、正直に息子が灰皿であなたを殴りつけようとしていました、と言った。


 そして話は冒頭に戻る。私は叱責を受けている。息子は、ただタバコを吸おうと思って灰皿が遠い位置にあったから取っただけなのに何故そんなこと酷いを言うんだい?と言い訳をした。しかしそれで十分なのである。目撃者、私のみ。死傷者、ゼロ。犯罪、未然。何も起こっていないのである。確かに私は殺人を止めた。止めたのであるが……そのありがたみは誰一人感じていない。恐らく私は間もなくこの洋館を追い出されるであろう。そして……恐らく殺人が起こるのであろう……目の前のこのヒステリックをまき散らしている夫人も次は……

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名探偵の憂鬱 水金 @mizukane

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