―2―
おしゃれなバーを紹介され、ほいほいとついていく。大丈夫、焦らなくともその時は必ずくるから。――いや、自分でつくってみせる。
甘めのカクテルから始め、徐々にアルコール度数の高い酒を飲み干す。頃合を見て酔い始めるふりをした。ほろ酔い気分の涼太もすっかりいい気分になったようで、私の潤んだ瞳に吸い寄せられている。
「松岡くんは……」
「どーしたの?」
「お酒が強い」
「そうだね。めったに酔わないよ」
わざととぎれとぎれに言うことでよりリアルさを出すのは誰でもすることだろう。そんなこと冷静になれば演技だと気づくはずなのに、涼太はより距離を詰めてくる。こんな隙だらけの男に愛菜はスキモノにされたのだと思うと今すぐにでも殴り飛ばしてやりたい。そんな気持ちを押さえつけて寄りかかる。
「これ以上は酔えないわ……。もう今日は帰るわね」
ありがとう、と言いながら立ち上がろうとするとすぐにバランスを崩す。
「送っていくよ。これじゃ心配で……」
「送ってくれるのぉ? 松岡くんは、やさしいね……」
わざと間延びした声で話すことによって普段の愛海からは想像もつかない無防備さでギャップを与え、完全に油断させられれば……。甘えるような眼差しの先には、獲物を前に舌なめずりをする獣がいた。
+++
完結に言うと、上手くいった。いや、上手くいったはずだ。
あのあと彼の自宅に連れて行かれた私は、涼太がトイレに言っている間に私のために用意してくれた水に睡眠薬を溶かした。戻ってきた彼に渡されたグラスを拒む。
「飲ませて。口移しで」
喜んで涼太は口に水を含んだ。そしてキスをして、薄く開いた嘴から薬入りの水を流し込む。それを飲むはずがないだろう。涼太の顎を指先で持ち上げ、空気とともに逆流させる。大きくむせ返った拍子に飲み込んだはずだ。かわいこぶりながら謝ると、彼はすぐに許してくれた。グラスを置いた彼が私により近づいてきた。
「んっ……ごめんなさい、コンタクトがずれてしまったみたい」
すぐさま洗面台を借りて時間稼ぎ。ついでに口の中に残った睡眠薬入りの水を流すために口をゆすいだ。数分後に戻ったころには幼子のように寝息をたてていた。あまりにも素直であっけなく、順調のはずなのに少し悔しかった。このまま彼は何も知らず、私と踊る夢を見て死んでいくのだろうか。自分が死んだことにも気づかず、永遠に。
「お前のせいで……お前のせいだっ!」
まずテーブルのグラスで後頭部を殴った。起きない。腹を蹴った。起きない。耳が裂けて血が滴っている。起きない。首を絞めた。起きない。キッチンのライトをつけ、ちいさな夕日に照らされながら包丁を探し出す。手にしようとしたとき、躊躇って結局やめた。何か人間として重要なものを他にも失いそうになった気がした。もうすでに理性を半分近くなくしている今、悪魔になって愛菜に見捨てられるのだけは嫌だ。
思うぞんぶん蹂躙すると、タクシーで家に帰った。わざわざ駅前で拾ったタクシーだ。ひどい顔をしていたであろう私を見た運転手は、きっと上司にこき使われる使えない会社員だと思ったはずだ。それでもいい。むしろそれがいい。上司に顎で使われた私は、今日も自殺と両親の顔を天秤にかけながら明日を迎えるだろうから。
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