第2話 なにそれ?(復讐)
人物表
吹雪(17)演劇部員
小夏(17)演劇部副部長
健吾(17)演劇部部長
⚪︎体育館
演劇部の部員たちがステージの上でロミオとジュリエットの五幕を練習している。中村健吾(17)、ちらちらと二階を見ながら
健吾「じゃあ、もう一度はじめから」
ロミオ役の少年がジュリエットの少女が倒れているのを見つけた瞬間、二階からけらけらと笑う鳥下吹雪(17)と本郷小夏(17)の声が響く。健吾、ずれた眼鏡を直しながら二階に走っていき、二人を覆い隠しているカーテンを払いのける。驚いたような二人の表情。
健吾「いい加減にしてください。練習したくないなら幽霊部員とか休部とか退部とか、他に選択肢があるでしょう。ロクに練習もせず入り浸って、もう、はっきり言いますけど、目障りなんです。特に鳥下吹雪さんあなた、仮にも副部長なんですからね…、ちょっと、聞いてるんですか!」
小夏になにやら耳打ちしている吹雪。眉間にしわを寄せている健吾に目を留めた吹雪、にやにやと笑う。
吹雪「見せつけられて悔しいって顔してるね。でも絶対混ぜてあげないけどさ」
健吾、唖然とした表情。
健吾「何言ってるんですかあなたは・・・」
小夏「ごめんね、健吾くん。練習邪魔しちゃって。もう大っきい声出さないようにするから」
小夏、胸の前で手を合わせる。健吾、ずれた眼鏡をまた直す。吹雪、何かに気づいたように微笑む。健吾の方へ近寄って行き、こっそりと囁く。
吹雪「ねえ、中村健吾。あんたさ、もしかして、小夏のこと、好きなの?」
健吾、ぎこちなく笑う。裏返る声。
健吾「何言ってるんですかあなたは。そんなこと、あるわけないでしょう」
吹雪「ふうん。それなら良かった。もしそうなら、あんたのこと、殺しちゃう可能性あるからさ」
健吾、吹雪の目を見ようとしない。騒ぎを聞きつけた部員たち、ステージから降りて三人のやりとりを見ている。健吾、一度咳払いをして、
健吾「もう良いです。でもせめて、邪魔しないでもらえますか。本番まで後一週間しかないんですから」
吹雪、鬱陶しそうに手を振る。
吹雪「ああもう、うるさいな。小夏、行こ」
小夏「うん」
小夏の方へ伸ばされた健吾の手が、一瞬空を切り、静かに降ろされる。手をつないで一階に降りていき、体育館から出て行くふたりを、ステージの上にいる部員たちが見つめている。
⚪︎屋上
屋上に寝そべって、向かい合って微笑む小夏と吹雪。
小夏「また怒らせちゃったね、健吾くん」
吹雪「いいんだよ。あいつは口うるさくしてるのが好きなんだからさ、昔から」
小夏「何だかんだ、吹雪は健吾くんのこと、良くわかってるんだね」
吹雪「まあ、小学校の頃からの腐れ縁だから。好きなもの、嫌いなものも全部似てたよ」
制服のポケットに手を入れる小夏。スティックのりを取り出して、唇に当てる。
吹雪「ちょっと待って、小夏、それリップじゃないよ」
小夏「え?あ、ほんとだ」
小夏、恥ずかしそうに笑う。
吹雪「ばかじゃん」
小夏「だって形似てるんだもん」
吹雪「だからって普通間違えないでしょ」
笑い転げるふたり、仰向けになる。白い雲が頭上に流れていく。
吹雪「ねえ。私たち、明日になったら、永遠になれるかな」
間をおいて、頷く小夏。風が制服のスカートをはためかせている。
小夏「きっとなれるよ、誰にも忘れられない思い出に」
寄り添って空を見上げるふたりの手の平が硬く握られる。
⚪︎体育館
ロミオとジュリエットの第五幕の練習が再開される。
ロミオ役の少年「ああ、ジュリエット、どうしてきみはまだそんなにも美しいの?」
ロミオ役の少年が毒薬を飲み、その身体が横たわる。
⚪︎小夏の玄関(早朝)
小夏、鼻歌を歌いながら、横断歩道の白線部分を歩く。くるくると回ったり、スキップをしたりしながら、誰もいない道路を歩く。小夏の両目から涙が伝って落ちていく。駅が見えると、小夏は涙を拭いて、顔をあげる。
⚪︎駅の改札前
寒そうに手の平をこすり合わせている吹雪。吹雪の前に現れて、片手を小さくあげる小夏。
小夏「よっ」
吹雪「よっ」
吹雪、改札の方へ歩きかける。その場から動かない小夏を振り向いて、不思議そうな顔をする。
吹雪「小夏?」
小夏「ううん、なんでもない」
小走りで吹雪の背中を追いかける小夏。
⚪︎早朝の駅ホーム
自販機で買ったホットココアを飲みながら、無人駅のホームのベンチに腰掛けている二人。小夏、よく晴れた空を見上げて、白い息を吐く。
吹雪「小夏。あたしさ」
電車が一台通過するのを目で追っている吹雪。電車が過ぎると、ホームが再び静かになる。
吹雪「そろそろ行こっか」
小夏「うん」
履いていたローファーを点字ブロックの外側に脱いで揃え、カバンを胸の前に握りしめる二人。発車ベルが鳴り響き、電車が走ってくる。小夏と吹雪の手が繋がれる。
吹雪「いっせーのーで」
吹雪の足が宙に浮いた瞬間、吹雪の手を離した小夏の身体がホームから転落する。小夏の口元はかすかに歪んでいる。小夏の身体が車両に弾き飛ばされ、赤黒い血が辺り一面に噴射される。静寂、吹雪の突っ立ったままの背中。吹雪、手の平を二度、開いて閉じる。
⚪︎ブラックアウト
吹雪のN「何それ?」
⚪︎無人駅のホーム(早朝)
ホーム上の献花台に花束とポッキーが備えられている。花束の一つを右手に取る吹雪、ベンチに座る。百合の花びらを一枚一枚千切り、地面に落としていく。最後の一枚になり、指を止める吹雪。突然立ち上がり、鼻歌を歌いながら、ローファーを脱いで、点字ブロックの外側に揃える。鞄を握りしめたとき、健吾の手が吹雪の肩に触れる。吹雪、振り返らずに
吹雪「何しに来たの」
健吾、静かに笑う。
健吾「本当に分かりやすいんですね。こんな早朝に、あの子が死んだ場所に来るあなたの思考なんて、誰にでも予測できますよ。小夏さんはいつも、きみのことを見ていましたから」
吹雪「あのさ、もう黙ってくれない?そういうの気持ち悪いだけだから」
吹雪、手に持っていた花束を地面に投げつける。献花台の花を辺りに投げ散らかし、同じように踏みつけにしていく。健吾は吹雪の様子を黙って見つめている。
健吾「そんなことしても」
吹雪「小夏は戻ってこないって?」
健吾「君の罪が消える訳じゃないんですよ」
吹雪「は?」
健吾、制服の後ろポケットに入れた一枚の手紙を取り出し、読み始める。健吾の指は微かに震えている。健吾、唇を開く。電車が二人の前を通り過ぎていく。点字ブロックの内側に立っている吹雪のスカートがはためく。吹雪、その場にしゃがみ込む。健吾、吹雪に近寄ろうとする。
吹雪「来ないで」
健吾、立ち止まる。吹雪、うつむいている。
吹雪「私たちの間に、入らないで」
健吾、少し迷ってから、一歩右足を踏み出す。
健吾「永遠になんてなれなくても、あなたは生きてください。あの子の声を忘れても、あの子の感触を思い出せなくなっても。それが小夏を殺した死にたがりの君に向ける、僕の、たったひとつの」
健吾、吹雪に背を向けて去っていく。吹雪の拳が、点字ブロックを強く殴る。嗚咽して、泣き叫ぶ吹雪。
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