20枚シナリオ

ふわり

第1話 スポットライトは月光色(魅力的な男)


⚪︎人物表

隼人(31)「ライフノイズ」のギター

茜音(28)銀行員

沙里(22)大学生

黒木(35)「ライフノイズ」マネージャー

拓也(28)「ライフノイズ」のボーカル





⚪︎ライブハウスの中


ドラムスティックを叩く音。シンバルの爆音。スポットライトがステージを照らすのと共に、半分ほどしか埋まっていない客席から黄色い歓声が湧く。隼人(31)は踊るようにギターを弾いている。ライブハウスの一番後ろの壁にもたれて、ぼうっとした顔で隼人を見つめている沙里(22)。唇の赤色が、ドリンクに刺したストローに残っている。


⚪︎楽屋裏


隼人はギターとエフェクターケースをだるそうに抱えて楽屋に戻る。黒木(35)は苦い顔をしながら、隼人のギターを受け取る。


黒木「お疲れ」


隼人、何も言わず椅子に腰を下ろして、タバコに火をつけようとする。ライターを鳴らしても火がつかない。放り投げると、黒木が真新しいブランド物のライターで火を起こして隼人の前に差し出す。


隼人「・・・わり」

黒木「五分の一。隼人、何の数か分かるか。今日来てた客の数は三年前の五分の一だったよ。そして今日で、お前のバンドとの契約は切れる。更新の予定はない」


何も言わず、そっぽを向いてタバコをふかしている隼人。


黒木「悪いことは言わない。ラッキーなことに、お前たちはまだ若いんだ。諦めて、他の道を探せ」

隼人「ガキができたくらいで簡単に、夢投げ出せた負け犬が何言ってんですか。俺はあんたみたいにはならない」


隼人、にやにやと笑う。黒木、黙っている。


隼人「俺はまだやりますよ。やれますよ。いつまでも一人でギター弾きますよ。たとえ世界が終わっても」


黒木、口を開きかけて、少し迷って閉じる。楽屋から出て行く黒木。隼人は乱暴な手つきで火のついたタバコを灰皿に押し付け、ギターケースを背負って楽屋を出る。楽屋の扉の側に、沙里が所在無げに立っている。


沙里「あ」


慌てて口を押さえる沙里。隼人、パーカーのフードを被りなおす。


隼人「裕二のこと待ってんの?」

沙里「うん」

隼人「ぜってえ言うなよ、さっきの。言ったら俺、お前のこと、うっかり殺しちゃうかもしんないから」


隼人、沙里の側を通り過ぎようとする。沙里、隼人の左腕をとっさに掴む。


沙里「ねえ。いいよ。私のこと、ゴミ箱みたいに扱っても」

隼人「は?」


沙里、隼人の唇に口付けて、舌を突っ込む。隼人、顔を歪ませて、苛立った様子で壁を叩く。少し迷ったあとで、背負っていたギターを投げ出して、沙里の着ている服の中に手を入れる。


⚪︎隼人の部屋(夜)


隼人は家の鍵を開けて、脱いだマーチンブーツを玄関に投げ捨てる。電気をつけず、暗い部屋のベッドに体育座りをしている茜音(28)が目に入る。隼人、紐を引いて蛍光灯を点ける。


隼人「電気くらいつけろよ。っつーかお前、今日来てなかったじゃん、なんで」

茜音「ねえ、何処行ってたの、この時間まで」


隼人、答えず、ギターケースを置いてベランダの窓を開け放ち、タバコに火をつける。茜音、隼人の元へと寄って行き、点けたばかりのタバコを無表情のまま片手で握りしめる。肌の焼ける音。隼人、呆然とした表情。


隼人「(かすれた声で)何やってんの、馬鹿かお前、つか、大丈夫か」


茜音、声をあげて笑う。悲鳴のような笑い声。


茜音「本当、馬鹿だよね。入ってきたときから、知らないシャンプーの匂いがぷんぷんするのに。ねえ隼人。もう私、見て見ぬふりするの、疲れちゃったよ」


隼人、おびえたような表情で固まる。茜音、立ち上がって優しく微笑む。


茜音「お腹すいたでしょ。ご飯、つくろっか」


⚪︎同部屋・台所


台所に立っている茜音の背中を見つめる隼人。鍋に入れた水に火が灯される。ネギを刻む音。


隼人「あのさ、茜音」


包丁を握る茜音の背中が震えだす。


茜音「知ってた?私、あなたのお母さんじゃないんだよ。私、あなたのしたこと、怒ったり、許したりするの、本当はずっと、嫌だった。だってあなたは、私の子どもじゃないんだから」

隼人「・・・ごめん」


茜音は声を出さずに泣いている。隼人は茜音を背後から抱きしめる。茜音は必死に隼人の手を振り払おうとする。


茜音「もう終わりだよ」

隼人「もうしないから。もう絶対しないって、約束するから」


キスをしようとする隼人を突き飛ばし、茜音は沸騰したお湯の中に蕎麦の乾麺の束を入れる。


茜音「妊娠したの」


尻餅をついている隼人、唖然とした表情。茜音は湯立っている鍋の中を見つめている。


隼人「それはもちろん、本当に、俺の子なんだよね?」


茜音、黙っている。沈黙。茜音、振り返り、隼人の目を見て、硬い声で言う。


茜音「あのね。大好きな音楽やめて、ふつうに働いてって言ったら、どうする?」


隼人、生唾を飲み込む。唇を舐めて、ゆっくりと唇を開いたり、閉じたりする。数秒の沈黙の後、キッチンタイマーの音が鳴り響く。


茜音「嘘でも嬉しかったよ」


茜音、コンロの火を止めて、キッチンタイマーを切る。目を赤くしたまま、隼人にそっと笑いかける。


茜音「ありがとう、今まで、一緒にいてくれて」


茜音、つゆを入れた丼に蕎麦を注ぎ、ねぎを乗せる。できあがった蕎麦が、隼人の目の前に置かれる。隼人の顔が出汁の表面に浮かぶ。


⚪︎ライブハウスの中


隼人の手にはギターのネックが握られている。客席を見つめるが、茜音の姿は何処にも見当たらない。汗まみれの拓也(28)、タオルを首にかけながらマイクを掴む。


拓也「今日までみんな、本当に応援ありがとう。俺たちライフノイズは、今日をもって解散します」


満員に近い客席から悲鳴が上がる。何人かの女の子たちは泣きじゃくっている。


拓也「最後の曲は、きみと僕の始まりと終わりを歌った曲です。聞いてください、「君と僕の歌」」


隼人はギターの弦に静かにピックを当てる。客席に赤いワンピースを来た女の子が立っている。隼人は女の子をじっと見つめて、目をそらす。


⚪︎(回想)ライブハウスの外(夜)


ライブハウスから出ると、赤いワンピースを着た茜音が寒そうに手をこすり合わせながら立っている。にやにや笑うメンバーは互いに耳打ちし合いながら、隼人の背中を軽く叩いて去っていく。隼人が驚いていると、茜音は恥ずかしそうに微笑んで、近づいてくる。


茜音「今日は、誘ってくれてありがとう。ライブなんて初めて来たよ。すごくうるさいんだね。まだ、ここがドキドキしてる」


茜音、胸に右手を当てる。


茜音「でも、それだけじゃないよ。ねえ、君のギターって、こわれものみたいな音がするんだね」


茜音、寂しそうに微笑む。


茜音「・・・どうしてかな」


茜音の瞳から、涙が伝って落ちる。


茜音「こんなの初めて。寂しくって仕方がないよ。ひどいね、君って」


困ったような表情をした隼人、黒い傘を開いて、茜音を守るようにさす。


茜音「私のこと、好きって言ったよね。お願 いがあるの」


茜音、隼人の首に巻かれている黒いマフラーを引っ張る。二人の顔が近づく。唇が触れそうなほど接近する。


茜音「付き合ってもいいよ。その代わり、世界が終わるその時まで、私のために、ギターを弾いてくれないかな」


隼人、ゆっくりと頷いて、茜音にキスをする。笑いあう二人。満月の下で雪が降っている。


⚪︎ライブハウスの中


金髪に隠れて、隼人の顔は見えない。隼人は指から血が出ているにもかかわらず、狂ったようにギターを弾いている。隼人はステージの上に寝転がって、スポットライトを見つめる。白い埃がきらきらと舞っている。



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