《児捨之噺》

与太噺 《飢えた赤ん坊の噺》

 えんえんと、赤ん坊が泣く。

 は泥に塗れ、全身擦り傷だらけであった。四肢はやせ細り、腹だけが空気を詰めたように膨らんでいる。そのような悲惨な形でも他の児らよりはずっとましだ。

 昼でも日が射さない谷の底には夥しい数の屍が転がっていた。

 身を寄せあっていたのか、半数の屍は折り重なって息絶えている。下敷きになっているものは既に色褪せた骨となっており、積み重なるものほど生前の姿に近い。どれも虫すら湧かぬほど、干乾びていた。

 乳飲み児の骨があった。七つに近い男児の屍があった。

 それらはすべて、十歳ととせに届かない稚児ちごの屍だった。

 草すら生えぬ奈落でただひとり、生き延びてしまった稚児ちごは背をまるめて泣き喚く。悲しいも寂しいも児は知らず、ただ寒い。怖い。痛い。死にたくない。

 なにも知らぬ赤ん坊ではあったが、いずれ自身も屍となることは本能的に覚っていた。だからといっても、つたい歩きも覚えていない児に出来ることなどない。谷から這いあがることは既に諦めた。四方を絶壁に囲まれ、喚く声すら外には届かないのだ。

 誰も助けてはくれない。父は助けてくれず、母はもとからいなかった。

 飢え、餓え、児の指が乾いた土をほじくりかえす。なにも出てはこない。水一滴、草の根一本たりとここにはないのだ。故に捨てられた。故に崖から投げ落とされた。なにかの足しにはなるだろうかと、土塊を口に運ぶ。だが幾ら喉を通しても、腹は満たされない。痩せた土など喰らっても、空洞が広がっていくだけだ。


 奄々えんえんと、赤ん坊が啼く。

 周辺を探っていた指が、なにかにぶつかった。それはまだ、新しい稚児の屍であった。こけた頬には干乾びた肉が付着し、閉じられた眼球はまだ潤いを保っていた。

 赤ん坊は絶望に歪んだ面を見詰め、なにを思ったのか、かぱりと両顎を開く。熟れた歯茎から、やけにとがった乳歯が覗いていた。

 それらをもちいて、乾いた肉を食む。ちぎれるまで噛みつき、やっと肉の破片が喉を通っていく。噴き出した血を舐め、赤ん坊が目を剥いた。なにかの味に似ている気がした。だがそれがなにであるのか、児には見当もつかない。飲んだこともない、はずだ。

 なにかに取り憑かれたかのように、児はひたすら肉を貪った。

 生まれつき揃っていた乳歯で肉を食いちぎり、腑に落とす。生理的な涙が頬を伝った。それすらも飲み干して、児は飢えを、渇きを満たしていく。胸からせりあがる情念が、なんと名づけられるべきものなのか、児には解らない。解る意味などない。

 ただ肉を喰らい、血を呑んで。

 

 怨々えんえんと、赤ん坊はいた。

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