其の肆 《昔語 下》

「幾年かの時が流れて、倭朝廷はふたたびに言司ことつかさの一族を恐れ始めていました。

 呪司のろいつかさに護られていた朝廷が何故、また一族の残党を恐れるようになったのかはさだかではありません。数年のうちに言司を巡り、なんらかの事件が起きたとは考えられません。呪司になった一部の者以外は、おろち連峰の隠れ里でひっそりと暮らしていたのですから。

 峻険な山岳地帯の中腹には八里の野辺があり、言司の一族はそこに集落を築いていたそうです。外部から人間が侵入してくることはなく、言司もまた下界に降りようとはしなかった。人との接触をいっさい絶っていたのです。朝廷の危機をあおるような、まして逆襲のきざしなど見せるはずがない。


 されど時の権力者は、異様なまでに言司を恐れ、疎んでいた。

 言司についてしたためられた書物をすべて燃やし、名称を言葉にすることさえ禁じた。


 倭朝廷は、命じた。


 あるゆる手段を用いて隠れ里を捜しだせ。

 そうして、集落を確認次第、焼き払ってしまえと。


 厳正に選び抜かれた兵が集められ、集落の捜索が行われた。動員された兵の数はそれほど多くはありませんでしたが、誰も優秀な猛者ばかりだった。さらに宮中では幾人もの呪司が指示に従って、同胞を呪った。実に嘆かわしいことでしょう? 呪司の筆は理を崩すどころか、ただ他者を呪う為だけのものになり果てていたのですよ。


 間もなくして、集落が見つかったとの報せがあった。

 然もありなんと、時の朝廷はその伝を受け取った。


 ですが、次ぐ報告は想像だにしないものでした。


 言司の集落から帰還した兵のひとりが、朝廷の御前に、言司の髑髏されこうべを奉呈した。髑髏の額には朱の紋様が浮かんでおり、蛇を彷彿とさせるそれは、死後もなお、妖光を放っていました。

 不気味なそれを掲げて、兵はこう報せる。


 言司の隠れ里は既に何者かの襲撃を受け、滅びた後だったと。


 散乱したいずれの白骨にも刀傷などはなく、呪いの紋様が鎖のように絡まりついていた。捜索したかぎりでは、集落に生存者はいなかったと締めくくり、兵はそれきり閉口した。


 時の朝廷は、呪司の功績であろうと満足したことでしょう。ですが、異変は元言司たる呪司の身にも起こっていたのです。

 兵が帰還した直後、呪司は両腕の痛みに苛まれていたのです。同胞を呪った腕は筆を握ったままに腐り落ちて、後には嘲笑と侮蔑だけが残った。呪司らは鬼の祟り者と後ろ指を差され、禍をもたらすと、宮中から追いたてられたのです。


 以後、いかなる史書にも、言司の存在が書かれる事はありませんでした。

 すべての経緯は、闇に葬られたのです」

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