其の参 《昔語りの間に》
そこまで語り終えて、津雲はふうと重い息をついた。
ただでさえ蒸し暑いこの座敷では、長く語り続けると身体に障る。
朧は軽く汗ばみながらも表情ひとつ変えず、津雲の語りを聴き続けていた。感想をもとめているわけではないのだが、朧はなにかを言葉をかけなければと真剣に考え、けっきょくどのような言葉も捜せずにおなじような重い息を落とす。巻物と紙に視線を落として、朧がばらまかれた先秦漢字に指をはわせた。
「八つ連なる峰、か。この先秦漢字が《峰》もしくは《山》だとするならば、これが地図であるという線は濃くなるね。言司の先祖の隠れ里。それは、君が捜し続けていたものだろう?」
朧に尋ねられて、津雲は頷いた。
「解せないな。各地を転々としてきた君ならば、そのような特徴のある地形は難なく見つけられそうなものだが」
「それが案外と、難しいのですよ」
津雲が苦笑する。
「《暖かい地域》《盆地》《八つの連峰》《富士よりも高い山》それらの記録に重なる地には、辿りつけませんでした。昔は西側だと思い、大隅から出雲、山城あたりを転々と捜しました。それは貴方の知り及ぶところでしょう。ですが、言司の一族が蝦夷として処理された説が有力になってきて、こちらに戻ってきたわけです。蝦夷ということは信濃から越後、蝦夷地まで。進むほど寒くなりますが、当時は気候が違っていたのかもしれません」
「蝦夷地か、遠いね」
「それでもかの地に郷があるのならば、あたしはむかいます」
「はあ、滅びた故郷を捜して寒い北の果てにいくほどの熱意が、僕には理解できないが、まあ、君のことなどひとつたりとも理解できたことがないからね」
朧は津雲に背をむけているので、表情は窺えない。ただ、呆れたようなため息だけが、ぽっくりと蒸し暑い澱みのなかに浮かんだ。
「話には続きがありますが」
「続けてくれ」
「はい。少々話が跳びますが、ご容赦ください」
いつの間にか、蝉は騒々しさを取りもどしていた。俄雨より激しく降りそそぐ蝉の音にかき消されそうになりながら、昔語りは続く。
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