与太噺 《嘘にすがった生き神の噺》

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 雨が降らずにはてや幾日すぎたか。

 またも晴れて、晴天のうちに日が暮れた。


 畑は惨い有様だ。作物はすべて萎れて枯れ、やせ細った茎だけが耕した畝にならんでいた。折れば、茎のなかは洞になっており、すでに死んだ茎だとわかる。通りには干乾びた骸が筵に巻かれて転がっていた。墓に埋めてやるだけのちからもない。涙を流してやれるだけの水があるならば、こんな有様にはなっていないのだ。


 飢えていた。乾いて、渇いていた。

 村はお終いだ。


「つくさなければなりませんよ」


 母さまが言った。


「源信の家中から締めだされ、いき着くあてもなかった親子を留まらせてくれたのはこの集落だけでした。妾だったわたしもあなたも藩の鼻つまみ者で、どこにいっても嫌われるさだめだったのに、こうして穏やかな暮らしができていたのはすべて、この集落のおかげなのです。恩義をわすれてはなりませんよ。つくさねば」


 わかっております。けれど晴れが続くのではどうしようもないでしょう。わたしには恵みをもたらすちからなどないのです。雨など降らせられぬのです。やせ細った母さまは、枯草のような声でなおも繰りかえす。つくさねばなりませんよ。

 日が経つごとに母の声は萎れ、やがてはなにも語らなくなった。


 みずを。これでは母さまが死んでしまうではないか。村が、死んでしまうではないか。

 雨が、降らなければ。雨を。


「信じなさい」


 もはや喋らなくなっていた母さまが、驚くほどに大きな声をしぼりだして、そういった。

 なにを信じるのですか。尋ねても母はそれきり黙って、なにも言わなかった。信じられるものなどない。あるとしたら母さまか、じぶんか。

 子のできぬ正妻のかわりに子を宿し、されど正妻が懐妊するとともに疎まれた母さま。家中の次期跡取と生まれ、後に妾腹と嫌われ、蔑まれた俺。屋敷を追いだされ、各地を彷徨い、神も仏もおらぬと知った。されど母さまは、いつかは静かに暮らせる土地があると信じて疑わなかった。平穏のうちに俺を育てられるところがあると。

 そうしてこの地にたどりついたのだ。

 然れば、雨もまた降るのだと信ずらば、恵むというのか。


「雨は、降る」


 渇いた喉を震わせる。


「雨が、降る。雨が、降るぞ」

 

 それは嘘だ。あきらかなる嘘だ。

 誰も信じぬであろう。だが俺の声を聴いた母さまが頷いて、笑った。

 母さまが信ずる。俺も信じよう。


 俺は草履を足指にかけて、戸を飛びだしていく。

 そうして声をあげた。


「雨が降るぞォ!」

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