与太噺 《おんなじになりたかった女の噺》
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あの娘とおんなじ襦袢を身に着け、おんなじ着物に袖を通しておんなじ帯を巻く。髪を結わえて簪を挿す。あの娘と違わぬように。あの娘の姿と重なるように。それでも手鏡に映る姿はあの娘とは違う。柔らかな微笑みをつくってみても面影は重ならない。
この熱を声にするならば。
欲しい、だ。
慕っているではなく、妬ましいでもなかった。喉から手が伸びて、其のお髪をわしづかみそうなほどにあの娘が欲しいのだ。ああ、けれど愛されたいわけではない。嫌われることはたえられないけれど、私が欲しいのはあの娘の愛ではないのだ。故に欲望。他にこの熱を言い表すすべなど知らぬ。ただの欲望。あの美しい姿を、私のものにしたい。あの優しい声を、私のものにしたい。
あの娘は昔から優しかった。私が親に叱られ、殴られ、外に放りだされたときにも、あの娘が側にいてくれた。濡れた手拭で私の腫れた頬を冷やし、髪についた木の葉を取り、抱き締めてくれた。そうして言ってくれた。
「私がいるからだいじょうぶよ」
あの娘がいてくれるならば。
それは仏の加護があると約束されたにもひとしい信頼。
故に親が死んだときにも、私はなにひとつ、怖くも悲しくもなかった。
「あなたがいるから、だいじょうぶだわ」
そういった私に、あの娘は一瞬だけ目を見張り、涙を浮かべて私を抱き締めた。
やらなければならないことは山積みで、ああ、だけれどそれなりの金額を遺してくれたことには感謝したい。そのおかげであの娘に近づけたのだから。あの娘がいるところに追いつくにはひとつひとつ、集めなければならない。あの娘ならばはじめから持っているものを。私だけが、懸命に駆けずりまわって。私だけが、傷ついて。私だけが、私だけが。
傷つき、よごれるごとに近づいていくはずが、遠ざかる。
「私がいるからだいじょうぶよ」
その言葉を想いだせば、なぐさめられた。けれど、けれどできることならば、あの娘が、わたしであればよい。わたしがあの娘であればよい。
最後に紅を差す指が震えてしまう。
あの娘とおんなじ紅。これを差したところで私とあの娘の唇のかたちは違っている。膚の下を通った血潮の、その濃さまで違うのだ。私の唇は飢えている。あの娘の唇は満ちている。その幸福を誰かにあたえられるほどに。
欲しい。欲しかった。欲しい。欲しい。
重なりたい。重なれない。
追いかけても追いかけてもならび立てない。なりかわれない。
どうすればよいのか。どうすればよかったのか。
手鏡のなかに黒いものがよぎり、急いで箪笥にしまいこんだ。あの黒がなにか、私は知っている。あれは、私のなかの、空洞だ。
ねえ、助けて、お房。
私の身体には昔からずっと空洞があって、それがどうしても塞げないの。
空洞はひとがたを象っていて、のぞきこんでもぬらぬらと赤黒い闇が続くばかりで、私のなかも、そとも、そこからはみえないのだ。傷というにも深すぎる。恐ろしいからとやたらめったら物を詰めこんでも、酒をそそいでも、男を誘っても、満たされない。
あなたを取りこむことでしか塞げない。
飢え続ける、私の欲望。
だから、私は。
傷ついても、傷つけても。
あんたが、欲しかったのよ。
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