与太噺 《おんなじになりたかった女の噺》

 …………………………………………

 ………………………………

 ……………………


 あの娘とおんなじ襦袢を身に着け、おんなじ着物に袖を通しておんなじ帯を巻く。髪を結わえて簪を挿す。あの娘と違わぬように。あの娘の姿と重なるように。それでも手鏡に映る姿はあの娘とは違う。柔らかな微笑みをつくってみても面影は重ならない。


 この熱を声にするならば。

 欲しい、だ。


 慕っているではなく、妬ましいでもなかった。喉から手が伸びて、其のお髪をわしづかみそうなほどにあの娘が欲しいのだ。ああ、けれど愛されたいわけではない。嫌われることはたえられないけれど、私が欲しいのはあの娘の愛ではないのだ。故に欲望。他にこの熱を言い表すすべなど知らぬ。ただの欲望。あの美しい姿を、私のものにしたい。あの優しい声を、私のものにしたい。


 あの娘は昔から優しかった。私が親に叱られ、殴られ、外に放りだされたときにも、あの娘が側にいてくれた。濡れた手拭で私の腫れた頬を冷やし、髪についた木の葉を取り、抱き締めてくれた。そうして言ってくれた。


「私がいるからだいじょうぶよ」


 あの娘がいてくれるならば。

 それは仏の加護があると約束されたにもひとしい信頼。


 故に親が死んだときにも、私はなにひとつ、怖くも悲しくもなかった。


「あなたがいるから、だいじょうぶだわ」


 そういった私に、あの娘は一瞬だけ目を見張り、涙を浮かべて私を抱き締めた。

 やらなければならないことは山積みで、ああ、だけれどそれなりの金額を遺してくれたことには感謝したい。そのおかげであの娘に近づけたのだから。あの娘がいるところに追いつくにはひとつひとつ、集めなければならない。あの娘ならばはじめから持っているものを。私だけが、懸命に駆けずりまわって。私だけが、傷ついて。私だけが、私だけが。

 傷つき、よごれるごとに近づいていくはずが、遠ざかる。


「私がいるからだいじょうぶよ」


 その言葉を想いだせば、なぐさめられた。けれど、けれどできることならば、あの娘が、わたしであればよい。わたしがあの娘であればよい。


 最後に紅を差す指が震えてしまう。

 あの娘とおんなじ紅。これを差したところで私とあの娘の唇のかたちは違っている。膚の下を通った血潮の、その濃さまで違うのだ。私の唇は飢えている。あの娘の唇は満ちている。その幸福を誰かにあたえられるほどに。


 欲しい。欲しかった。欲しい。欲しい。

 重なりたい。重なれない。かさなりたい。

 追いかけても追いかけてもならび立てない。なりかわれない。

 どうすればよいのか。どうすればよかったのか。


 手鏡のなかに黒いものがよぎり、急いで箪笥にしまいこんだ。あの黒がなにか、私は知っている。あれは、私のなかの、空洞だ。


 ねえ、助けて、お房。

 私の身体には昔からずっと空洞があって、それがどうしても塞げないの。

 空洞はひとがたを象っていて、のぞきこんでもぬらぬらと赤黒い闇が続くばかりで、私のなかも、そとも、そこからはみえないのだ。傷というにも深すぎる。恐ろしいからとやたらめったら物を詰めこんでも、酒をそそいでも、男を誘っても、満たされない。

 あなたを取りこむことでしか塞げない。

 飢え続ける、私の欲望。


 だから、私は。

 傷ついても、傷つけても。


 あんたが、欲しかったのよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る