【番外編36】不思議な少年少女

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(三人称/桜稔視点)


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 かつて病気の兄に嫉妬し、兄の死後医師を目指した少年桜稔。大人になった現在、彼は母親の故郷で開業医をしている。

 医師になろうと決心した理由は兄の死で、母の故郷に移住したきっかけは父の死だった。


 兄の遺体の前で泣く両親を見て、病気の人を救う力がほしいと思った。

 父の遺体の前で泣く母を見て、母が心安らかに暮らせる場所に行こうと思った。


 その二つの理由で、稔はこの小さな島唯一の医師となったのだ。


 小さな島の唯一の医者というのは、責任重大な仕事だ。

 都会の医師のように『自分の手に負えないから』と他の病院に回すことはできない。大学病院の医師のように『自分の専門外だから』と他の医師に任せることもできない。

 極論するなら、子どもの擦り傷から末期癌の患者まで診ることができなければならない。


 それでも、今の生活は充実していた。

 今の自分を見たら、きっと死んだ兄や父も褒めてくれるんじゃないかなと思えるくらいには、頑張っているつもりだ。


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 ある日の昼休み。

 いつものように、看護師の木崎と2人病院近くの林を散歩していた。 

 突然、上空から何かが落ちてくるのが見えた。


「なんだ?」

「隕石……でしょうか?」


 稔の疑問に自信なさげに言う木崎。

 確かに晴れ渡った日に空から落ちてくるモノなど隕石くらいしか思いつかないが、しかし今の落下物は上空からまっすぐ落ちてきた。

 天文学や宇宙学は専門外だが、隕石が地表に落ちるときはまっすぐではなく斜めに落ちてくるものではないのか?


「行ってみよう」


 好奇心が抑えられず、稔は落下物の方へと走る。


「先生、危険ですよ。何が落ちてきたのかも分からないのに」

「分からないから調べるんじゃないか。隕石か、それとも……」


 そこまで言って、稔は言葉をつぐむ。

 そこにあったのは……いや、居たのは気絶した2人の子どもだった。

 8歳前後にみえる金髪の少年と、12歳前後の黒髪の少女。


 木崎が震える声をあげる。


「先生……これは……」


 稔はとっさに2人の元に駆け寄る。

 疑問はいくらでもわいてきたが、医師としての本能でそれを押さえ込み、2人の容体を調べる。


「まだ息がある」

「え、あ、はい。ですが、この子達は……」

「考えるのは後だ。今は医師としてするべきことをする」


 木崎もプロの看護師である。

 稔の言葉にすぐに頭を切り替えたらしい。

 その後、応急処置をしてから2人を慎重に病院に運んだ。


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 先に目を覚ましたのは少女の方だった。

 少女は日本語や英語がしゃべれないらしい。稔には分からない言葉で捲し立てる。おそらく中国語や韓国語、フランス語でもないだろう。

 点滴の針を無理矢理抜こうとするので、やむをえず、鎮静剤を投与してベッドに縛り付けるしかなかった。


「やっぱり密入国者なんでしょうか?」


 確かにこの島は地政学的要因により、外国からの密入国者が入り込むことがまれにあるらしい。


「空の上に国があるとは思えないがな」


 稔が言うと、木崎は顔をしかめた。


「あの2人が落下物だったと本気で思っているんですか?」

「いや、それは……まあ、ありえないが」


 確かに落下物を捜索した先にあの2人が倒れていた。

 それだけを考えれば、あの2人が天から落ちてきたようにも思う。

 だが、無論そんなことはありえない。

 仮に飛行機なりから落下したのならば、あの2人が生きているわけがない。パラシュートなどなかったわけだし。


 そうこうしているうちに、警官が駐在所からやってきた。

 医師として、あるいは島の一民間人として、当然彼らのことを通報しないわけにはいかなかったのだ。


「女の子は日本語をしゃべれず、男の子は金髪碧眼ですか。外国人と考えるのが一般的でしょうな」


 警官はそう言ってうなった。


「旅行者か、密入国者か、いずれにせよ子どもだけというのは妙ですな。あるいは、大人もいたがどこかに立ち去ったか……」


 稔も、さすがに警官には空から落ちてきた子どもだなどとはは言わなかった。言っても混乱するだけだ。


「言葉が通じないことにはなんとも言えないですね」

「医師としての先生に伺いますが、本官が尋問することは可能ですか? もちろん、2人の意識が戻った後のことですが」

「短時間なら可能だと思いますが、そもそも言葉が通じないのではないかと」

「うううむ」


 警官は再びうめく。


「しかたがないですな。まずは本土の県警に報告します」


 その当然といえる警官の判断を、稔は反射的に押しとどめた。


「ちょっと待ってください。そうすると2人はどうなりますか?」

「パスポートもないということならば、2人の本国へ強制送還となる可能性が高いかと。むろん、年齢やケガの状況は配慮されるでしょうが」

「それ、少し待ってはもらえませんか?」

「しかしですな、先生……」

「お願いします」

「……分かりました。他ならぬ桜先生の願いとなれば、1日だけ待ちましょう。ただし2人が逃げ出すことだけは絶対にないようにしてくださいよ」


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 目覚めた金髪の少年は日本語を話せた。

 彼は自らをパドと名乗った。

 それ以外の記憶は全くないという。

 率直にうさんくさい話だと感じた。

 それこそ、密入国をした人間の下手な言い訳に思える。


 だが。


 稔はどうしても彼と少女を見捨てられなかった。

 何故なのかは自分でも分からない。


 特にパドに、稔は親近感を覚えた。

 それどころか、不思議なことに彼を見ていると何故か死んだ兄の姿と重なったのだ。


 ありえないことだった。パドの外見は兄とは全く違うし、そもそも稔は兄と話をしたこともないのだ。

 それなのに、何故パドに自分の兄――死んだ勇太を重ねるのか、稔は自分で自分の感情が理解できなかった。


 それでも、2人を警察に引き渡すことはできず、警官に頭を下げて自分が引き取ると言い張った。

 警官は困惑し、抗弁した。彼の立場なら当然であったが、最後はうなずいてくれた。


「桜先生がそこまでおっしゃるならば、本官は見なかったことにしましょう。半年前、娘が肺炎を起こしたときに助けられた借りがありますからな」


 警官はそう言ってくれたが、もしもばれれば彼は減給ではすまないはずだ。


「ありがとうございます」


 稔は心から礼を言った。


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 パドとリラ。

 2人の子ども達は良い子だった。

 リラは稔の母をよく手伝った。パドはリラに日本語を教えているようだ。


 医師として気になるのは、パドが右腕と左手首を失っていること。そして、リラの腹と背中にある鱗のような皮膚炎だ。


 前者はともかく、後者は稔の医師としての知識をフル活用しても過去の事例が見つからない。皮膚科の専門医の友人や恩師とも相談したのだが、お手上げらしい。

 獣医学部の友人は『蛇の鱗を移植したかのようだ』と語ったが、いくら何でもあり得ないだろう。2人の出自は未だ分からないが、さすがにそんな風習は聞いたことがない。


 パドにはできることなら義手をあげたいが、出自不明の少年では、医療費助成も保険も受けられない。実費で手に入れるには稔の収入では難しい。


 いずれにせよ、意識を取り戻した2人は特に後遺症も見られず、元気に暮らしている。

 半年経った今では、まるで家族のようだ。

 島の人々にも徐々に受け入れられているらしい。

 警官や役所の役員も最初は困惑を見せたモノの、2人に害はないと判断してくれたようだ。

 小さな島なので排他的な部分もあるが、ひとたび受け入れてしまうと身内意識が高い部分もある。

 あるいは、稔が昔暮らしていた都会とは全く違う、田舎のおおらかさなのかもしれない。


 だが。

 平和な島の暮らしが打ち壊される時は突然やってきたのだった。

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