【番外編35】少年の見た王都崩壊の日
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(三人称/バラヌ視点)
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王都の教会総本山は、それはもうすごい建物だった。
エインゼルの森林を出てから、驚くような建物をたくさん見てきたが、これはその中でも飛び抜けている。
立派、巨大、煌びやか、神々しい、幼いバラヌの持つ言語能力では表現できないほどの場所。
それが教会総本山だ。
だが、ラミサルと共にバラヌが教会総本山にたどり着いたとき、そんな感慨にふけるような余裕はなかった。
もともと、バラヌの出家の儀式のためにやってきたのだが、総本山に着いて知らされたのは教皇の死である。
しかも、それにバラヌの兄、パドが関わっているらしい。
バラヌには状況はつかめていない。
つかめていないが、周囲の神官達が、バラヌに向ける視線の中に、露骨な困惑や忌避があることは分かる。
その理由が、自分の出自――すなわちエルフとのハーフであることに由来するのか、あるいは教皇の死に関わっている兄に由来するのか、それとももっと別の事情があるのかまでは分からない。
いずれにせよ、ラミサルからは『状況が落ち着くまで、無闇に与えられた部屋から出ないように』と言明された。
ラミサルは相当忙しい状況に置かれているようで、バラヌの出家の儀式も後回しになっている。
総本山について3日後。
ラミサルが女性を連れてやってきた。
女性は車椅子に乗せられている。
「その人はどなたですか?」
「パドくんのお母様ですよ」
兄の母。
呪いにより、心を失ったと言われる女性がそこにいた。
なるほど、女性は穏やか笑みを浮かべているのに、どこか人間味を感じない。
「解呪法を実行するために彼女をパドくんの元へ連れて行きます。バラヌ、あなたも一緒に来ますか?」
久しぶりに兄に会える。
そう考えて、『はい』と答えそうになったが、すぐにその言葉を飲み込む。
目の前にいる女性にとって、自分はどういう存在か。
幼いバラヌに性交や不倫などの知識があるわけではない。
それでも、目の前の女性が心を取り戻したら、自分が好ましからぬ存在なのではないかというのはなんとなく分かる。
兄と母親の再会を邪魔したくもない。
「いいえ。僕はここにいます。お兄ちゃんは僕に教会で頑張れって言っていましたから」
迷った末、バラヌはそう答えたのだった。
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数刻後。
その時、バラヌは総本山の食堂にいた。
部屋からむやみに出ないように言われているとはいえ、食事はしなくてはならない。
広々とした食堂で、バラヌは芋を潰したサラダを食べていた。
周囲では他にも若い神官が食事をとっているが、バラヌのそばにはよってこない。
(やっぱり、ここでも僕は厄介者なんだな)
自分の状況を冷静に考えるバラヌ。
幼いながらも忌避される現実を受け入れられるのは、生まれ故郷でも似たような状況だったからだ。
少なくとも、暴力を振るわれたり露骨に虐められたりしない分ここの方が故郷よりはマシだ。
バラヌが食事を終えて立ち上がろうとした直後だった。
大地が揺れた。
バラヌはその場に転がる。
とても立っていられない。
「な、なんだ!?」
「地震!?」
周囲の神官達の声が響く。
次の瞬間。
部屋の壁が崩れ、強風が吹き荒れる。
すさまじい勢いの風に、大人の神官達すら宙に舞う。
バラヌが吹き飛ばされずにすんだのは、ほんの偶然だった。
転がった先が柱の陰で、しかもその柱が奇跡的に倒れずにいてくれたのだ。
それでも、必死に柱にしがみついて、ようやく助かったといったところだ。
やがて、嵐のような現象が収まった後、バラヌは恐るべき光景を見ることになる。
---------------
総本山の立派な建物はほとんど崩壊していた。
まさに地獄絵図。
周囲からはうめき苦しむ人々の声が聞こえる。
天井も壁も大半が崩れ、茶色く渦巻く空が見える。
その渦巻きの中心は、王城の方角だった。
(お兄ちゃん、ラミサル様)
兄やラミサルは、王城にいるはず。
2人のことが心配だった。
立ち上がろうとして右足に痛みを感じる。
改めて自分の足を確認すると、木片のかけらが脹ら脛に突き刺さり、血が流れ出していた。
「う、う、うぅぅ……」
泣きそうになりながら、バラヌは再びその場に座り込む。
そこで、見てしまう。
となりに神官の一人が転がっていた。彼の後頭部は巨大な壁のかけらで潰されている。
(……死んでる?)
幼い少年にはもう限界だった。
張り詰めていた気持ちがあふれかえり、涙を流しながら大声で泣くバラヌ。
(お兄ちゃん、お母さん、ラミサル様、
泣きながら、それでも遠く王都の空を見上げると、そこには黒い人影――『闇』がたゆたっていた。
自分の母の命を奪ったモノとそっくりな、だがそれよりも数十倍は巨大な『闇』が。
『闇』は両手を天に掲げ、そして、再び巨大な竜巻が王都を襲う。
小さなバラヌは今度こそ吹き飛ばされる。
最後にバラヌが見たのは、巨大な竜が『闇』に向かって行く姿だった。
――ピッケ?
その竜が、自分と共に旅した龍族の姿だと理解し――
――そして意識を失ったのだった。
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バラヌが目を覚ましたのは、それから数日が経過してからだった。
王都は完全に崩壊していた。
教会総本山も、王城も、街並みも、もはや存在しない。
バラヌが簡易的な治療所に運んでもらえたのは、運が良かったとしかいいようがない。
(お兄ちゃん、ラミサル様、リラお姉ちゃん、アル様、レイクさん、ルアレさん、ピッケ、キラーリアさん……)
みんな、どうなってしまったのだろう。
自分はこれからどうしたら良いのだろう。
どうにもならず、ただうずくまって泣くことしかできないバラヌ。
そんな彼に、数日後声をかけてきた者がいた。
「いつまで泣いている、バラヌ?」
聞き覚えのある声に、バラヌはハッと顔を上げる。
そこにいたのは赤毛の王女――アルだった。
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