第三章 楽園の崩壊

127.銃声

 それは、いつものようにリラと2人で島の海岸線沿いを散歩しているときのことだった。

 僕の左腕には買い物かごが引っかかっている。中身は今日の夕食になるであろうお野菜。

 散歩ついでのお使いである。

 岩場に波が押し寄せ、ザブーンと豪快な音を立てる。


『海かぁ、結局向こうの世界では見なかったわね』

『そういえばそうだね』


 王都の北側は海に面していたらしいけれども、結局そっちには行かなかった。


『向こうの海も、塩辛くて波があったのかしら?』

『たぶんね』


 実際のところは分からない。

 そもそも、海ってどうして波や潮の満ち引きがあるのか、僕はよく知らない。月の重力や風と関係があるらしいけれど、僕の理科の知識ではそれ以上は分からない。

 でも、向こうの世界にも月はあったのだから、きっと海は波立っていたはずだ。


『ここは、いいところよね』


 このところ、リラは僕によくそう確認する。

 僕としては頷くしかない。

 そして、頷くと、リラは少し寂しそうな顔になる。


 たぶん。

 向こうの世界に帰ることを僕が諦めていると、彼女は思っているのだろう。

 あるいは、自分だけ向こうの世界に帰ることを考えているのかもしれない。

 事実、僕はもしも向こうの世界に戻る方法が見つかったとして、その時自分がどの道を選ぶべきかわからないでいる。


 もちろん、バラヌのことも、向こうの世界のお母さんやお父さんのことも気がかりだ。


 だけど。

 一方で。


 稔達とのこの島での暮らしは、とても心地よかった。

 せっかく日本に戻って来れたのに、またあのファンタジーな命がけの世界に行くという選択肢が、僕からは消えかかっていたのだ。


 今は、そもそも帰る方法が分からない。

 だから、それ以上深く考えないですんでいた。

 だが、もしも帰る方法が見つかったら。

 その時、ぼくは……


『リラはこの世界は嫌い?』

『そんなことはない。そんなことはないけど……この世界に鱗の生えた火を吐く獣人の居場所があると、パドは思う?』

『それは……』


 口ごもる僕。

 リラの鱗が日に日に面積を増していることを僕は知っている。

 今では首筋や両腕の付け根にも少し鱗がある。

 冬だから厚着でごまかせるけれども、夏になったらごまかしきれないかもしれない。

 いや、それどころか、今後は顔や手にも鱗ができるかもしれない。

 そうなったら、リラはこの島で今まで通りとはいかないかもしれない。


 同時に200倍のチートを持つ者がいる場所もないのかもしれない。

 僕はだいぶ力を操れるようになっているけれど、それでもやっぱり僕の力は異能のそれだ。

 この間、誰も見ていない場所で試しに漆黒の刃の魔法を出してみたけれど、普通に発動した。

 こんな能力、この世界は受け入れてくれないだろう。


 だが、仮に僕らが元の世界に戻るべきだとしても、その方法は全く見当が付かない。

 そして僕は……正直、戻りたくない。


 ---------------


 家までもう少しという場所で。

 それは突然に訪れた。


 パンっという耳をさくような破裂音。


 同時に、僕の頬を何かがかすめる。

 鋭い痛み。

 頬から垂れ落ちる鮮血。


『なに!?』

『パドっ!!』


 リラが叫ぶ。


 ――今のは。

 まさか、銃声というヤツか!?

 僕は銃で撃たれかけた?

 でもなんで?

 この島でそんな者を持っているのは警官くらいだけど、もちろん、そんなわけはない。


 僕は周囲を見渡す。


 僕の後ろに、2人の少年が立っていた。1人は金髪、もう1人は茶髪。

 そして、2人の少年の手には――


『ウソだろ……』


 ――細長い、大河ドラマの戦国時代にでてきそうな銃が握られ、その銃口が僕らに向いていた。


『ちっ、外れたかっ!!』


 ――いまの、向こうの世界の言葉!?


『パド、アレって銃!?』

『らしいね』


 何がどうなっている?

 彼らは向こうの世界からやってきたのか!?

 だが、向こうの世界に銃なんてなかったはず。

 いや、違う。諸侯連立とドワーフが手を組んで銃を作っていたんだったか?

 そういえば、龍のおさが、ドワーフに知識を授けた人族の子どもが居たとかなんとか言っていたような。


『なんなんだ、お前ら!?』


 僕は向こうの世界の言葉で叫ぶ。

 それには答えず、茶髪の少年が金髪の少年に叫ぶ。


『バスティーニ、お前も撃てっ!』

『ですが、あの女の子に当たりかねません』

『かまうものか、デオス様からの命令だぞ!』


 なんなんだ、一体。

 いきなりすぎて思考が追いつかない。


 だが。

 いずれにせよ、銃で狙われているこの状況。

 むざむざ撃たれる理由はない。


 まず、方針を判断する。


 逃げるか?

 それとも捕えるか。


 逃げることも考えたいが、気になるのは彼らが向こうの世界の言葉をしゃべっていること。

 つまり、彼らは向こうの世界からやってきた可能性が高い。

 あるいは戻る方法の手がかりになりうるかもしれない。

 ならば。


 ――反撃して捕えて話を聞き出す!


 何しろ銃で狙われているのだ。

 向こうの世界ではもちろん、日本の法律的にも反撃しても正当防衛だろう。たぶん。


 僕は身構え、そして久々に足にチートの力を入れて、茶髪少年に飛びつく。


『なっ、このガキ!』


 茶髪少年のもつ銃を手首のない左腕でぶん殴る。

 ちょっと痛いけど、銃身が折れた。これでこの銃は使い物にならないはずだ。


『部長!』


 金髪少年が僕に銃を構える。

 だが、茶髪少年に当たることを考えているのか、撃つことができないようだ。


 僕は茶髪少年から離れ、今度は金髪少年の銃を蹴り飛ばす。

 銃は地面に転がる。

 ぼくはその銃を思いっきり踏みつけ壊す。


『一体何なんだ、お前達は!?』


 向こうの世界の言葉で叫んだ僕に、茶髪少年が不快な顔を受かべる。


『人間ごときがっ!! 神に向けて神より授かった力を振るうなど許されることではないぞ!』


 ――神?


 話が全く読めない。

 いずれにせよ、僕は金髪少年の首に左腕を回し逃がさないように捕える。


 だが。


 茶髪少年は金髪少年を見捨てて逃げ出した。


『待ちなさい!!』


 リラが叫び、茶髪少年を追う。

 って、ちょっと待って。


『リラ、無茶だっ!!』


 僕は叫ぶ。


 茶髪少年が振り返り、リラに向かい合う。

 そして。

 彼はリラのお腹にグーパンチ。


 ――まずい。


 さっきもみ合った感覚だと、彼の力は大人の兵士と同じくらいはある。200倍チートの僕ならともかく、リラではこうなるに決まっている。


 リラはその場にグタッと倒れる。

 茶髪少年は気絶したリラの首筋に何かを当てる。


 ――ナイフ。


 くそ。こんなあっさりリラを――

 ――僕は本当にいつもいつも失敗ばかりっ!!


『パド。ここはいったん引くが、この娘の命が惜しければ、夜1人で島の神社に来いっ!!』


 茶髪少年はリラを引きずるように、その場から逃げ出そうとする。


 ――どうする?

 どうしたらいい?


 金髪少年を放置して茶髪少年に飛びかかるか?

 だが、リラの首筋には――


 などと僕が迷っていると。

 背後から声がした。


「どうしたの? パドくん、リラちゃん? その子たちは……」


 ――お母さん。

 ダメだ。

 この世界の人を、それもお母さんを巻き込む事なんてできないっ!


「ダメです。家に戻って……」


 思わず振り返ってしまう僕。

 それが致命的な間を生み。


 再度振り返ったときには、茶髪少年はリラと共に姿を消していたのだった。

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