121.夢か現実か
目覚めた僕が最初に認識したのは、真っ白な天井。そして、室内を照らす蛍光灯だった。
さらに、自分の左腕に刺さっている物を見てギョッとする。
それはかつて11年間なじみ深かったもの。自分を生かすために必要だった薬を送り込むための針と管――つまり、点滴。
――ここは……
病室。
蛍光灯。
点滴。
ちょっと首を動かすと、窓があって、その隣にはテレビもある。
パドの世界には存在しないはずの物品。
――全部、夢だった?
パドとしての七年間は夢か幻覚で、おねーさん女神様やリラやラクルス村の皆や、アル王女やレイクさんや……とにかく、そういうのは全部ただの夢か幻だったというのか?
だが、すぐにそれも違うと気がつく。
点滴が刺さった左腕の先に手首がない。
さらに、右腕はまるごと存在しない。
桜勇太には動かせなかったはずの両足を動かすことができる。
この体は桜勇太ではなく、パドのものだ。
それに、この場所。
確かに日本の病室っぽいが、桜勇太が入院していた場所とは違う。
なにより感染症が致命的になる、桜勇太の病状では窓を開けることなんてできなかった。
――何がどうなっているんだ?
そして思い出す。
気絶する前のこと。僕はリラと共に次元の狭間から解放され、上空から落ちた。
あの時。
聞こえてきた言葉は。
「先生、危険ですよ。何が落ちてきたのかも分からないのに」
「分からないから調べるんじゃないか。隕石か、それとも……」
あれは日本語だった。
――と。
病室の扉が開き、看護師らしき白衣の女性が入ってきた。
「気がついたのね。よかったわ」
彼女は日本語でそう言い、ベッドに横たわる僕に駆け寄る。
「え、えっと……」
僕は上半身を起き上がらせようとするが。
「まだ横になっていた方がいいわ。あなた、2日間も気を失っていたのよ。っていうか、日本語分かる?」
「あ、え……はい。分かります」
7年ぶりの日本語での会話。
正直、心許ない。
リスニングはともかく、自分の言葉は不自然ではないだろうか?
いや、今気にすることはそこじゃなくて――
「ここ、どこ? リラは?」
「ここは
僕はコクンと頷く。
「彼女も怪我をしていたけど、骨折は右腕だけだったわ。意識は戻っているけれど、日本語が通じないのよ。混乱したのか少し暴れてね、点滴も勝手に抜こうとするし、今は隣の部屋で眠らせているわ」
リラの方が先に目を覚ましたのか。
リラは当然日本語なんて話せない。点滴にしたって、完全に未知のものだ。ワケの分からない世界と言葉に戸惑ってしまったのだろう。
「ところで、君の名前は?」
「……パドです」
少し迷ってから、そう答えた。
「そう。パドくんはどこから来たの?」
「どこから……」
なんと答えればいいのだろう。
もし、本当にここが日本だというならば、『王女様やエルフや龍族のいるファンタジー世界からやってきました』なんて言っても信じてもらえるわけがない。
「………………」
結局、僕は沈黙でしか答えられなかった。
「まあいいわ。とにかく先生を呼んでくるわね。ここで大人しく寝ていて」
看護師さんはそういうと、病室から出て行った。
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1人になって、僕はあらためて考える。
一体、なにがどうなっているのか。
ここは本当に日本なのか?
だとしたら、なぜ僕は――僕とリラは日本に来てしまったのか。
他の可能性――たとえば、幻覚。
ルシフあたりなら僕に幻の世界を見せることくらいできそうだ。
でも、そんなことをして何の意味がある?
あるいは単なる夢。
僕は未だ次元の狭間にいて、日本にやってきたという夢を見ているだけ。
いや、そもそも次元の狭間に行ったこと自体が夢?
まさかと思うけど、この七年間も、今この瞬間も、桜勇太が見ている夢とか……
いや、幻覚だの夢だのっていう結論は逃げだな。
可能性として考慮する必要はあるけれども、それは最後に考えよう。
やはり、僕とリラが次元の狭間を抜けて日本にやってきてしまったと考えるのが一番分かりやすい。
理由は分からない。
仮に次元の狭間が他の世界に繋がっている場所だったとしても、お姉さん神様によれば世界はたくさんあるらしい。
偶然にも転生前の世界にやってくるなんてありうるのだろうか?
仮に、この世界にやってくるのが必然だったとしても、世界は広い。
アメリカでもヨーロッパでも中国でもオーストラリアでも海上でもなく、日本の孤島にやってくる可能性なんて高くない。
いや、そんなことをいったら、そもそも宇宙空間に投げ出されなかったことが奇跡とも思える。
ああ、ダメだ、頭が混乱する。
などと、僕が1人考えていると、先ほどの看護師さんと一緒に白衣の男性が入ってきた。
――この人、どこかで?
見覚えが無いはずなのに、なぜか見たことがあるような気がする顔立ち。
「やあ、目が覚めた? 君は日本語分かるらしいね。僕は君の主治医だよ」
どうやら、お医者さんらしい。
「名前は
その言葉に、僕は今度こそ目を見開くしかないのだった。
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