120.たゆたう世界の先で

 どれくらいの時間が流れたのだろう。

 一瞬のような気もすれば、何年も経ったような気もする。

 ルシフの声が聞こえてきたのが数秒前だと言われればその通りだと思うし、10年前のことだと言われればそうかもしれないなと思える。

 様々な色が混在すると同時になにいろでもないこの世界は、時間軸すら僕らの感覚を狂わせるようだ。


 いずれにせよ、それは唐突だった。


 遙か視線の先に、一筋の光が見えたのだ。

 その光が、僕とリラを照らす。


「リラ、この光なんだろう?」


 だが、リラは訝しがる顔をするばかり。


「光? 何を言っているのパド」


 リラにはこの光が見えていない?

 ともあれ、文字通り、この世界で初めて見つけた光明だ。

 この光の元に向かうべきだろうか。


「リラ、こっち」


 僕はリラに言って空間をすすむ。歩くでも泳ぐでもなく、かき分けるように。

 あえていうなら、宇宙空間を進むような感じかもしれない。


「パド、どこに行くの?」

「光が見えるんだ」

「光?」


 リラは顔をしかめるが、結局ついてきてくれた。


 進むにつれ、光は強くなっていく。

 だが、リラにはやはり見えない様子だ。


 なんだろう。

 この光は一体なんだというのだろう?


 やがて、光はさらに強烈になり、僕とリラを包んだ。


 ――次の瞬間、僕らは。


 ---------------


 ――え?


 いきなり、僕らの体が落下を始めた。

 重力すらなかった世界から、光を超えて別の世界にやってきたのだ。


 あたりに見えるのは空。

 下に見えるのは湖――いや、海と島か?


 上空数百メートルという場所に僕らは出現し、島に向かって落下し始めたのだ。


 ――やばい!!


 確かにあの次元の狭間からは抜け出せたけど、このままじゃ墜落死だ。


「パドっ!!」


 リラが叫ぶ。

 僕はリラに左腕を伸ばし、手首のないそれをリラの両手が掴む。


 ――魔力障壁をっ!!


 僕は全力で魔力障壁を展開。

 僕とリラとを黒い魔力のバリアーが包む。


 そうこうしているうちに、地面は目の前。

 凄まじい衝撃が、僕らを襲う。

 獣人に追われて崖から飛び降りたときとは落下した高さが違う。

 僕の魔力障壁を持ってしても、衝撃を吸収しきれなかったのだ。


「くっ」


 意識がふらつく。

 僕の横で、リラは動かない。

 気を失ったのか、それともまさか衝撃で死――


 いや、そんなことは……


 それにしても、ここはどこだ?

 海の中にぽつんとあった島。

 周囲は森。

 地面には草。


 ――とにかく、リラを……


 僕はリラに近づこうと一歩を踏み出し。


 だめだ。

 力が入らない。


 意識が遠のきそう。

 僕は両膝を地面についてしまう。


 ――くそっ、今リラを助けられるのは僕だけなのに。


 このまま倒れるわけにはいかない。

 そう思ったときだった。


 右の方から草木をかき分ける音がした。

 そして、意識が消えかかっている僕の耳に声が届く。


「先生、危険ですよ。何が落ちてきたのかも分からないのに」

「分からないから調べるんじゃないか。隕石か、それとも……」


 若い男女の声。

 だけど。

 この声は。

 この言葉は。


 そんな。

 そんなことって。

 ありえない。

 絶対にありえないはずの言葉。


 でも。

 でも、これは……


 そこまで考えたとき、僕の意識は遠のいていくのだった。

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