第二章 日の国・兄弟の再会
119.次元の狭間
お母さんから――お母さんの中にあったという『闇の卵』から――発せられた衝撃波で、気を失った僕が目覚めたとき、周囲には異様な空間が広がっていた。
ありとあらゆる色が混在し、ありとあらゆる温度が混在し、ありとあらゆる音が混在し、しかし何もない。
そんなわけのわからない空間で、僕はリラに抱きしめられていた。
「……リラ?
……ここ、どこ?」
「わからない」
そうだろうなぁ。
これに近い世界というと、お姉さん女神様と出会った死後の世界や、ルシフと会話した闇の世界が思い浮かぶけれど、それとはまた何かが違う。
何が違うのかというと……そう、ここには僕らの肉体がある。
魂だけが存在しているわけじゃない。
たぶん、そうだと思う。
そこまで考えたときだった。
『おしえてあげようか、パドお兄ちゃん、リラお姉ちゃん』
聞こえてきたのは、ルシフの声だった。
僕は叫び返す。
「やっぱり、お前が僕らをこんな世界に連れてきたのか!?」
『ああ、もう、そんなに怒らないでよ。確かにお兄ちゃん達がその世界にいるのは、僕の仕業だよ。ボクがお兄ちゃんのお母さんに仕込んだ、『闇の卵』が解放されたからね。もう、お兄ちゃんには用事は無いから排除させてもらった』
「一体、お前は何がやりたいんだ!?」
『やりたいことは簡単さ。世界を滅ぼすこと。方法はいくつか候補があったけどね。お兄ちゃんを『闇』に変えるとかっていうのも、確かにその一つだ。お兄ちゃん達は見事にそれを打ち破ったね。スゴイスゴイっ!!』
クソなめた声が頭の中に響く。
ご丁寧に拍手の音まで聞こえてくる。
『だけど、ボクが仕掛けたのはそれだけじゃない。他にもいくつかの罠を仕掛けた。その中の一つが、お母さんに埋め込んだ『闇の卵』だ』
「一体何なんだよ、『闇の卵』って!?」
『世界を『闇』に飲み込むための巨大な意識の集合体――かな?』
意味が分からない。
『アレを目覚めさせるには、いくつか条件があってね。人の体の中で育てるとか、強力な魔力を持つ者のそばに置くとか、そして解呪法をかけるとかね』
……それはつまり。
『そうさ。パドお兄ちゃんのおかげだよ。お母さんの体に『闇の卵』を植え付けてくれたのも、巨大な魔力を持ってそばに付き添ってくれたのも、パドお兄ちゃんだ。
教会に預けた後も、教皇達やラミサルが一緒に居たしね。お兄ちゃんほどじゃないにしても彼らも有能な魔力を持っている。
そして、今回、見事にパドお兄ちゃんは王家の解呪法を『闇の卵』に使ってくれた。
いやー、ホント、ありがたいなぁ。お礼を言うよ』
とことん、人をばかにした口調のルシフ。
『パドお兄ちゃん達は確かに勝った。
だけど、パドお兄ちゃんが勝ったとしても、ボクの望みは叶うように仕掛けていたんだよ』
ルシフはそう言ってクククと笑う。
僕は――僕らは結局コイツの手のひらの上で踊っていただけだというのか。
『アルが王位をつがなかったことはボクにとっても意外だったけどね。それはどうでもいいことだ。どうせすでに王都は消えているし。
これから先、あの世界は滅びに向かう。その宿命には逆らえない。
お兄ちゃん達をその世界に送ったのは、せめてものお礼だ』
「お礼だって!? どういう意味だ?」
叫び返した僕に、ルシフはケッケッケと笑う。
『その世界は次元の狭間。時間軸も狂った世界だ。食べることも飲むこともなく、永遠生きられる。寿命も関係ない。
元いた世界が滅んでも、お兄ちゃんとお姉ちゃんは2人で末永く生きていけるのさ。あとは好きなだけ、その世界でラブラブイチャイチャしていればいいさ。
これこそ、まさに永遠の幸せ。お兄ちゃんの望んでいたものだろう?』
永遠リラと2人、ここで?
「ふざけるなっ!!」
『ふざけてないさ。お兄ちゃんはもう2度とその世界からは出られない。死ぬこともできない。ボクがこれまで500年、闇の世界で苦しんだのと同じように苦しむがいいさ』
「500年? それはつまり……」
人族があの地に現れてからということか?
「ルシフ、お前は……」
『ボクの正体、そろそろお兄ちゃんも気づき始めたかな? ボクは人族に復讐する。獣人も、エルフも龍族もドワーフも、あの世界に生きる全ての者に復讐する。その権利を持っているのさ。
お兄ちゃん達は、せいぜい結末も分からずその世界を漂い続ければいい』
それだけいうと、ルシフの声は聞こえなくなった。
「パド」
リラが不安そうな声を上げる。
僕だって不安だ。
だが、それでもここはリラに対して弱気なところは見せられない。
「大丈夫さ。まだなんとかなる」
「でも……」
「アイツはあんなことを言っていたけど、僕らを元の世界から排除したのは、僕らが邪魔だったからだ」
『闇の卵』が孵った今、僕の存在は邪魔でしかない。
だから、僕とリラをこの世界に追いやったのだ。
ならば、僕らが元の世界に戻れれば、まだ逆転の目はあるってことだ。
「でも、どうやって元の世界に戻れば……」
問題はそこだ。
このわけの分からない世界から元の世界に戻るなんてどうしたらいいんだろう。
全く見当が付かない。
僕は改めて周囲を見回す。
様々な色がうつろう世界。
僕らの常識では計り知れない世界。
一体どうしたら、僕らは元の世界に戻れるのか。
――小さな光が僕らに照らされたのは、しばらく経ってからのことだった。
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