122.日の国
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(作者注:ここから先、会話が日本語と異世界の言語でまざります。分かりやすくするため、異世界の言語での会話は二重カギ括弧で表現させていただきます)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て。
僕の頭の中は大混乱していた。
異世界に転生してラクルス村で七年。
その後、半年以上色々あって、日本に転移した。
ここまではいいとして――いや、よくはないけどそれはともかくとして――僕の目の前に現れたこの青年の医者はなんと名乗った!?
桜稔。
僕の――僕の転生前――つまり桜勇太の弟の氏名。
偶然か?
同姓同名の別人って可能性ももちろんある。
あるのだが――
見れば見るほど、彼――桜稔の姿は、桜勇太が転生する直前に見た弟の顔立ちに似ていた。
いや、だが、しかし。
そもそも年齢が合わない。
僕が転生してから、七年と半年くらい。
実は、あの世界での1年は地球よりも十数日長かったのだけど、それにしたって、当時小学生だった稔が8年弱で青年医師になっているはずがない。
あの世界とこの世界とで時間の流れが違うのか?
いや、それとも次元の狭間で何年も時間が流れた?
だとして、こんな偶然ありうるのか?
頭の中に疑問と混乱が渦巻き、わけがわからなくなる。
「大丈夫かい? ずいぶんと混乱しているみたいだけど」
医師――稔がそう僕に尋ねる。
「え、えっと、はい、大丈夫……ではないですけど、まあ、大丈夫です」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
「警察からも頼まれているし、必要なことだから質問させてもらえるかな?」
「はい」
「まず、君の名前は?」
「……パドです」
「できればフルネームを教えて欲しいのだけど」
「えっと、それがフルネームです。僕の村では名字とかないんで」
その言葉に、稔は看護師さんと顔を見合わせる。
「つまり、君は日本以外の――外国から来たってことかな?」
さて、どう答えたものか。
もちろんその通りなのだが、外国ではなく異世界である。
もし、ここで頷けば次はどこの国の人間か聞かれるだろう。
パスポートもないし、不法入国者扱いされるかもしれない。
実際、合法的に日本に入国したとは言いがたいし。
「……わかりません」
迷った末、僕はそう答えた。
「わからない? それはどういう意味?」
……ええい、仕方がない。
嘘くさいかもしれないけど、他に上手い説明の方法が思いつかない。
「よく覚えていないんです。たぶん……記憶喪失? みたいな?」
その言葉に、稔は顔をしかめる。
「記憶喪失……ね」
信じていないのかな?
そんな僕に、看護師さんが尋ねる。
「でも、一緒にいた女の子の名前は覚えているのよね?」
あ、そういえばリラのことは話しちゃったな。
「はい。でも、どこから来たのかとか、そういうのはちょっと……」
口ごもる僕に、明らかに2人は困った顔だ。
「ご両親や保護者の方のことも覚えていない?」
「……ごめんなさい」
謝る僕に、2人は困惑顔を深める。
そんな2人に、僕は言った。
「あの、リラに会わせてください。彼女、日本語も分からないし、きっと不安だと思います」
「彼女の言葉、君――パドくんは分かるのかな?」
「はい」
「わかった。通訳は確かに必要だ。彼女はまだ寝ているけれど、隣の部屋に行こう」
---------------
稔と看護師さんは僕をベッドごと運ぼうとしたけれど、僕はもう歩けたので断った。
「どうやら元気そうだね。足下もふらついていない」
たぶん、僕が気絶したのはまた魔力の使いすぎだろう。
だから、本来なら点滴も不要なのだけれど、この世界の医師にはそれは分からないはずだ。
歩いてみて理解する。
僕の200倍の力は未だ健在だ。
気をつけないといけない。
隣の部屋に入ると、リラが1人ベッドに寝かされていた。
気になるのは両腕をバンドで固定されていること。
「なんでリラを縛っているんですか?」
「目が覚めるたびに点滴を取ろうと暴れるからね。言葉も分からないから仕方なく」
なるほど。
確かにそういう事情だと医者としては当然の判断なのかもしれない。
まずは、リラに事情を説明しないと。
いや、僕も事情は全く分からないのだが。
僕はリラの横に立つ。
『リラ』
呼びかけると、リラの目がゆっくりと開いた。
どうやら、目が覚める頃合いだったらしい。
『……パド? 私……』
リラはハッとなりつつ、体を持ち上げようとする。
もちろん、両腕を固定されているので動けない。
『何? 何なのよ、これ。腕に変な針が刺されているし、手を縛られているし、それにさっきは変な薬を注入されて意識が……』
ひたすらパニックになっているリラ。
無理も無いけど。
『リラ、落ち着いて。ここは病院だから』
『……病院? なんで病院で針を刺されたり、縛られたりするのよ!?』
『その針は薬を注入するための物だよ。飲み薬よりもよく効くんだ』
『お師匠様はそんな方法教えてくれなかったわ』
そりゃあね。
『リラ、よく聞いて。ここは元いた世界じゃない』
『……?』
『ここは日本――僕が転生する前の世界だ』
その言葉に、リラは目を見開き、そして不安げに言う。
『……どういうこと?』
『言葉通りの意味なんだけど……』
と、そこで、僕は稔と看護師さんのことを思い出す。
「すみません、少し2人で話をさせてもらえませんか?」
僕の問いに、稔達は少し考えて、それから言った。
「分かった。ただし、彼女も君もまだ体は本調子じゃない。本来ならCTやMRIで精密検査をした方がいいくらいの衝撃を受けている。少しでも体調がおかしくなったらすぐに僕を呼ぶように」
稔はそう言って、看護師さんを伴って部屋から退出してくれた。
それから、僕はリラに現状を説明した。
『そんなことが……本当なの?』
『たぶん、間違いないと思う』
『これから、私たちどうなるの?』
『わからない』
稔達が何を考えているか。
警察云々言っていたし、不法入国した外国人と疑われているのかもしれない。
そして、事実それはある意味で正しい。
国外追放とかもあるかもしれないが、この世界のどこにも僕らの国はない。
『……元の世界に、戻れないのかな?』
『それは……』
『ごめん、パドにもどうしようもないよね』
『うん』
僕はリラから視線をそらして頷いた。
元の世界に戻る。確かにそれは大切なことだ。
お母さんのことも、バラヌのことも、アル殿下のことも、ルシフのことも、何も解決していない。
ラクルス村では、お父さんやジラ達が僕らの帰りを待っている。
だけど。
それと同時に考えてしまう。
もしも、このまま日本で暮らせるなら。
あの世界よりもずっと豊かで、平和な世界。
ラクルス村とならぶ、僕のもう一つの故郷。
僕は、一体どうしたらいいんだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。