117.全てはこの時のために

 僕とリラに与えられた部屋に戻るなり、リラが僕に言った。


「ごめん、私、短気だったよね。本当は、アル様の話をもっと聞いて、ちゃんと検討して判断すべきだったのに」


 リラの顔には後悔の気持ちが浮かんでいる。

 だけど、僕はリラを責める気にはなれない。


「リラが気にすることはないよ。僕も、同じ気持ちだったし」

「でも、冷静に考えてみればアル様の判断も間違っていないと思うの。諸侯連立と王家の戦争を避けるには必要なことだったのかもしれないし……」


 リラの言葉はもっともだ。

 アル殿下の判断が正しいか間違っているかなんて、僕には分からない。

 だけど――


「関係ないよ」


 僕はぼそっと言った。


「え?」

「それは関係ないんだ。ピッケの言うとおりだよ、これはケジメとか仁義の問題だ。結局、僕らはアル殿下にとって本音を相談するような相手じゃなかったってことだろ」


 僕やリラはただの村人の子どもで、ピッケやルアレさんは亜人種だ。だから、王位継承問題なんかに口を挟める立場じゃないかもしれない。

 それでも、決める前にせめて一言なにか相談してくれてもくれてもいいじゃないか。

 それが悔しくてたまらない。


「それに、僕やリラだけじゃない。リリィやダルトさんや教皇さん、テミアール王妃もそうだし、お師匠様や死んだエルフの人たちだってそうだ」


 もちろん、その原因の全てがアル殿下ってわけじゃない。

 というか、並べてみると明らかにルシフのせいだし、そうであるならば、僕のせいでもあるだろう。

 だけど。

 それでも。


「他のことならともかく、これはダメだと思う。僕はピッケとは少し違う意見がある。アル殿下は王位を継がないって最初から決めていたわけじゃない。もしかすると、この3日間で決めたのかもしれない。最初から欺すつもりだったとは思えないんだ」

「うん」

「だけど、そうだとしても、せめて、その決定をする前に、僕らやピッケ達に相談はあってしかるべきだ」

「そうだよね」

「そうでなくちゃ、僕らはもう、アル殿下を信じて着いていくなんてできない」


 アル殿下がどうして王位を放棄したのか、それはわからない。

 諸侯連立とのうんぬんっていうのは、たぶん本音じゃないんじゃないかと感じる。

 そんな理由で王位を放棄するなんて、アル殿下らしくない。

 なんとなくだけど、そう思う。


 ---------------


 それから10日間。

 僕はほとんど何もせずに過ごした。


 いいじゃないか。

 これまでずっと突っ走ってきたんだから。

 少しくらいのんびりしたってさ。


 リラはメイドさんたちのお手伝いをしている。

 左手首に続いて右腕も失った僕は、もうそれもできない。


 ――いずれにせよ。お母さんの解呪をおこなう日が来た。


 ---------------


 王家の解呪法は王城の一角にある魔法研究所でおこなわれるらしい。

 この世界において、魔法――つまり精霊との契約は基本的に教会が管理している。それでも王家が握っている魔法もある。


 それが、勇者キダンが残したと言われる魔法で、その中の一つが解呪法である。


 その日、王城に向かったのは僕とリラ、それにセバンティスさんの3人。

 アル殿下やレイクさん、キラーリアさんはずっと王宮にる。

 やることは色々あるだろうし、離反していこうという僕らにこれ以上付き合ってはいられないのだろう。


 魔法研究所の建物の前に行くと、ラミサルさんがお母さんを連れてやってきていた。


 お母さんは車椅子に乗せられていた。前世の世界のそれに比べると、タイヤがゴムじゃないし、全体的に木製だし、お世辞にも丈夫そうではない。それでも、この状態のお母さんを連れ出すには便利そうだ。


「お母さんっ!!」


 僕が呼びかけるが、やはり反応はない。

 曖昧な笑みを浮かべているだけだ。


 そんな僕に、ラミサルさんが声をかける。

 

「パドくん」

「あ、すみません。ラミサルさん、お久しぶりです」

「ええ、話を聞いてベゼロニア領から慌てて王都に戻りました」

「ありがとうございます」


 僕がお礼を言うと、ラミサルさんは首を横に振った。


「なにも、あなたのお母さんのためではありません。教皇猊下が亡くなったという話を聞いたからです。あなたのお母さんをここに連れてきたのは、あなたと話をするためです。実際、すぐに戻らないとなりません」


 話? なんだろう?


「教皇猊下は、私にとって、師であり、上司であり、尊敬すべき人であり、そしてこれは大変僭越ながら父のような人でもありました」


 教皇は僕を助けるために死んだ。

 そのことを、ラミサルさんはどう思っているんだろうか?


「えっと、教皇のことは……」


 言いかけた僕を、ラミサルさんが遮る。


「教皇猊下がなくなったいきさつは聞いています。あなたは教皇猊下の意志を継いでテミアール王妃を止めてくださった。教会を代表してお礼を言います。

 パドくん、あなたの命は、教皇猊下とアラブシ師匠が護ったものです。その重みを感じてください」

「……分かっています」

「アル王女が王位を拒否したことは知っています。それに伴って、あなた達がアル王女から離反しようとしていることも」

「それは……」

「私はその決定を否定はしません。肯定もしませんが、それ以上にアル王女の決定こそ教皇猊下への裏切りに感じますから。

 ですが――」


 そこで、ラミサルさんは言葉を句切った。


「どんな形であれ、あなたはあなたが信じる道を行きなさい。時に立ち止まっても良いですが、自暴自棄を起こしてはいけません」

「自暴自棄を起こしそうに見えますか?」

「正直、今のあなたからは危うさが見えます」


 そうだろうか。

 正直、自覚がない。

 いや、もしかするとラミサルさんの言うことは正しいかもしれない。

 心のどこかで、『もうどうにでもなれ。お母さんが元に戻ればそれでいい』みたいな気持ちは確かにある。


「僕は、これからどうすればいいんでしょうか?」

「それを決めるのはあなたでしょう?」


 そうだ。それはその通りだ。


「そろそろ、時間です。私は総本山に戻らないと」


 ラミサルさんはそう言って、お母さんの車椅子を僕――ではなく、リラに託し、立ち去ろうとする。


「ラミサルさん、バラヌは今どうしているんですか?」

「いっしょに王都の総本山に来ましたよ。彼はよくやってくれています」

「あの、僕はもうアル殿下の手伝いはやめるわけで、そうなったらバラヌを――」


 連れて帰りたい、そう言いかけた僕に、ラミサルさんは冷たく言う。


「彼はもう教会の子です。出家するというのはそういうことですよ」

「で、でも、それは……」

「それに、アル王女の庇護抜けるというなら、それこそあなたに彼の面倒を見ることなんてできないのではないですか?」


 痛いところを突かれ、それ以上何も言えない僕に、ラミサルさんは「それでは」と一言残して立ち去ったのだった。


 一方、それを見計らったように――あるいは、本当に見計らっていたのかもしれないが――魔法研究所から1人の老人が出てきて、僕をジロッと睨んだ。


「魔法研究所所長のジガザリアと申す。そなたがパドだな?」


 その老人、ジガザリアさんの言葉に、僕は頷くのだった。


「ならば、母親を連れて入ってくるがいい。国王陛下と王子殿下はすでにお待ちじゃ」


 なるほど、それは急がないとまずいな。

 僕はセバンティスさんに見送られ、リラやお母さんと共に、魔法研究所内部へ向かう。


 全ては、この時のために頑張ってきたんだ。

 今は余計なことは考えず、お母さんの解呪が上手くいことだけを祈ろう。


 僕はそう自分に言い聞かせて、先へと進むのだった。

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