116.誰がために、何のために
テミアール王妃のなれの果てを倒し、テキルース王子達が拘束された後、ピッケが国王陛下に近づいた。
「人族の
ちょ、お前、国王陛下になんて口を。
慌てる僕。
だが、国王陛下はそれは特にとがめず、ピッケに尋ねる。
「その通りだ。龍の者よ」
国王陛下はピッケが龍族だと知っていた。
後で聞いた話だが、僕が気を失っている間に、ピッケがドラゴン形体で天井を破って現れたらしい。
「オイラはピッケル・テリケーヌ。龍の長の息子だ。父ちゃん、つまり長からの言葉を伝えに来た」
もうね、空気を読まないにもほどがある。
この大混乱のさなかに何を言っているのか。
だが、国王陛下としても龍族をないがしろにはできないらしい。
「龍の長殿の言葉となれば、聞かぬ訳にはいくまい」
「話が早くて助かるね」
ピッケはそう言うと、懐から何やら小さな宝石のような物を取り出した。
宝石から光が溢れ、謁見の間の中央に立体映像が現れる。
龍族の長と、リーリアンさん、それに数人のエルフや龍族が映っていた。
「人族の長よ、我は龍族の長である」
「ふむ。余はテノール・テオデウス・レオノル。この国の王だ」
「早速だが、通信時間に限りがある。用件のみ伝える」
そして、龍族の長は語る。
あるはぐれドワーフが、禁断の武器『銃』を作ったこと。
それを命じたのが諸侯連立盟主であり、彼らは獣人、エルフ、ドワーフ、そして龍族に対してまでその武器を持って戦いを起こそうとしていたこと。
はぐれドワーフに知識を授けた謎の人族の少年達がいたこと。
はぐれドワーフは捕らえたが、人族の少年達は取り逃がしたこと。
その上で、彼らはこれからドワーフの長の元へ行き、はぐれドワーフの罪を提訴するが、人族は諸侯連立に対してどのように対応するのかと。
国王陛下は疲れた表情で、それでも毅然と答えた。
要件は分かった。だが、こちらも混乱のさなか。
いずれにせよ、諸侯連立派の王子と王女は失脚した。
回答は後日とさせていただきたい。
そういう内容を伝えると、龍族の長は頷いた。
龍族の長は、最後にアル殿下が次期王女になることを希望すると言い残し、通信を終えた。というよりも、通信の魔石の限界だったようだ。
「やれやれ」
国王陛下は頭を抱えるようにし――そして。
力が抜けたかのように膝から崩れ落ちた。
「父上」
ホーレリオ王子が叫び、国王陛下に駆け寄る。
「誰か、父上を寝室へ」
どうやら疲労と心労の限界だったらしい。
キラーリアさんとレイクさんが手伝い国王陛下を運び出す。
その様子を、僕はただ突っ立って見守り続けたのだった。
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……というようなことがあったのは、3日前。
その日は全員王宮に部屋を用意してもらって、翌日僕、リラ、ピッケ、ルアレさんは迎えに来たセバンティスさんが運転する馬車でレイクさんのお屋敷に戻った。
そして、今日、アル殿下が戻ってきたわけなのだけど。
「だとしても、あんたは自分が王位に就くために力を貸してほしいとオイラ達に言ったんだ。だけど、その実、本心では違うことを考えていましたって話だろ? つまり、アンタはオイラ達を欺したんだよ。
その選択の是非とは別問題として、龍とエルフを欺したケジメ、どう取るつもりなんだい?」
ピッケがひたすら冷たい視線でアル殿下を睨む。
「返す言葉もないな。全て私の責任だ。だが……」
「言い訳は無用だよ。帰ろうルアレ。やはり人族はくだらない種族だ」
ピッケがそう言って席を立ち、ルアレさんもそれに続く。
「待て、2人とも」
アル殿下が慌てて言うが、2人は無視。
「まあ、こうなるでしょうね」
レイクさんが冷たい声で言う。
彼の声にも憤りが混じっている。
その憤りの相手は、ピッケやルアレさんではなく、おそらくは――
次に発言したのはリラだった。
「アル様」
リラの声もとことん冷たい。
「パドが腕を失ったのは、どうしてだと思いますか?」
「リラっ」
「リリィやダルトさんや教皇さんが死んだのは、どうしてだと思いますか?」
「……っ」
「私が、ここまでアル様についてきたのは、どうしてだと思いますか?」
アル殿下の顔に、深い痛惜が浮かぶ。
「私も、あなたを見損ないました」
「待て、リラ」
「パドのお母さんの治療が終わるまではここにいます。ですが、それ以上の協力はしません」
リラは冷たい声で、そう言い切ったのだった。
アル殿下は、最後に僕を見た。
「パド、お前はどうする?」
――僕は……
いや、決まっている。
僕も正直、がっかりなのだ。
「僕も、リラと同じ気持ちです。お母さんの治療が終わったら、ここから去ります。バラヌもいっしょに」
さんざん戦って、戦って、その結果がこの裏切りだ。
お母さんのことがなければ、僕もピッケ達と一緒に立ち去っていたかもしれない。
「……そうか」
アル殿下は寂しそうにそう言った。
「ま、当然の判断ですね」
レイクさんが冷たい声で言う。
彼もまた、アル殿下の決定に不満があるのだろう。それでも投げ出さないのは、彼が貴族という立場だからだ。
「パド、お前の母の解呪は10日後におこなう」
「はい、お願いします」
たぶん、その後はもう、僕は王家にも貴族にも関わらないから。
お母さんと一緒に、ラクルス村に帰ろう。
リラやバラヌも連れて。
お母さんにとってバラヌの存在は色々思うところもあるだろうけど、彼に罪はない。きっとお母さんなら分かってくれる。
もし、村長が僕らの追放を解除してくれないなら、お師匠様の小屋を建て直してそこに住めばいい。
あるいは、テルグスの街のリラのお祖父さんに頼んで、何か仕事を見繕ってもらう手もある。もちろん、片腕のない僕に何が出来るかは分からないけど、馬鹿力で警備の手伝いくらいならなんとかなるだろう。
そう、僕はこのとき、本当にそう思っていた。
だけど。
世の中そう上手くはいかないのだった。
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