118.最後の罠

 王城の魔法研究所。

 その地下に、今巨大な魔法円が描かれている。

 魔法円の中央に、心を失ったお母さんが立たされ、その周囲に、僕、リラ、国王陛下、ホーレリオ王子、ジガザリアさんがいた。


「よろしくお願いします」


 僕は国王陛下やホーレリオ王子に頭を下げた。

 王家の解呪法は、本来国王にしか使えない。

 国王陛下は高齢で魔法の使用に耐えないため、アル殿下は自ら王位を継ぐことで解呪法を使おうとしていた。


 現在、王位継承問題は解決したとはいえ、ホーレリオ王子が正式に王位を継いだわけではない。

 それじゃあ、結局解呪法は使えないじゃないかと思うのだが、そうでもないらしい。


 つまるところ、王家の血を濃く継ぐ者の魔力があればいいのだ。

 だったら、アル王女は王位に拘る必要は無かったはずなのだが、テキルース王子達がここの使用を許さなかったというのが実情らしい。


 いずれにせよ、これからお母さんの解呪が始まる。

 王家の解呪法は一度行なったら半年は使えない。解呪を司る精霊との契約でそうなっている。

 だから、アル殿下の解呪は半年以上先になる。

 お母さんの解呪を優先してくれたのは、アル殿下か、あるいは国王陛下の配慮なのだろう。


 頭を下げた僕に、ホーレリオ王子が言う。


「君達は納得していないだろうな」

「……何がですか?」

「私が王位を継ぐことだ」

「それは……」


 思わず口ごもる僕。

 次期国王に対して失礼極まる対応をしてしまったが、ホーレリオ王子は特に気にした様子はない。


「何、かまわん。誰よりも私が1番驚いている。まさか、こういう結末になるとはな」


 ホーレリオ王子は疲れた表情で言う。


「我が兄や姉がしたことを考えれば、私もまた同罪なのかもしれぬ。それでも、私は王族だ。役目は果たさなければならない」


 ホーレリオ王子が悪いわけじゃない。

 そうは分かっていても、やっぱり、色々思うところはある。


 ――いや、今はお母さんのことだ。王位継承問題はもう、僕には関係ないことだ。


 自分に必死にそう言い聞かせる僕。


 ジガザリアさんがホーレリオ王子に声をかける。


「では、殿下、こちらに来て、魔法円へ両手をついてください」

「ふむ」


 ホーレリオ王子は頷いて、魔法円に両手をついた。

 魔法円が光り輝き、お母さんの解呪が始まった。


 ---------------


 光り輝く魔法円の中心で、お母さんが苦悶の声を上げる。


「あぁぁ……」

「お母さんっ!!」


 僕は心配になって叫ぶ。

 邪魔をするわけにはいかないけど、お母さんが苦しそうだ。


 ホーレリオ王子も心配になったらしい。


「ジガザリア、大丈夫なのか?」

「魔法は正常に作動しております。殿下はそのまま魔力を注いでください」


 だが。

 お母さんの苦悶の声はさらに大きくなる。


 それだけじゃない。

 お母さんの瞳孔が開き、口から涎を垂らし、目からは涙が流れ出す。


「お母さんっ!!!!」


 僕はもう一度叫ぶ。


「ジガザリア、いくらなんでもこれはっ」


 ホーレリオ王子の言葉に、ジガザリアさんも慌てた様子。


「まさか、これは……しかし……殿下、一度魔力を止めて……」


 ジガザリアさんはそれ以上言うことができなかった。

 地下室の中を、まるで台風のような暴風が襲ったからだ。

 その中央にいるのはお母さん。


 僕らはそれぞれ壁に叩きつけられる。


「くっ」


 一体何が。

 慌てて状況を確認すると、お母さんの全身から、真っ黒な煙のようなものがたちのぼっていた。


「あれが、呪い?」


 僕の隣に倒れたリラが呟く。

 だが、ジガザリアさんが否定する。


「馬鹿な、可視化される呪いなどありえんっ!!」


 国王陛下が叫ぶ。


「ならば、これはどういうことじゃ、ジガザリア!?」

「分かりませぬ、ですが、これは……


 どういうこと!?

 お母さんは呪われていなかった?


 僕が迂闊に使ったルシフの回復魔法の呪いで、お母さんの心が封印されたんじゃなかったの!?


 ――その時だった。


「その儀式、待てっ!!」


 地上からの階段を駆け下りてきたのはアル殿下。

 かなり慌てた様子だ。

 アル殿下の後ろにはレイクさんやキラーリアさんもいる。


 国王陛下がアル殿下に尋ねる。


「アル、これは一体!?」


 だがアル殿下は国王陛下を一瞥もせず、お母さんの様子を見て舌打ちする。


「遅かったかっ」


 一体、何がどうなっているんだ?

 アル殿下は魔法円の中に飛び込み、お母さんを引きずり出そうとする。

 だが、心を失っていたはずのお母さんが激しく抵抗する。

 10倍の力を持つはずのアル殿下を、お母さんはあっさり振りほどく。


 なんだ、これはなんなんだ。


 部屋の中に、さらなる強風が巻き上がる。

 僕も、アル殿下も、リラも、ホーレリオ王子も、国王陛下も、ジガザリアさんも、キラーリアさんさえも壁に叩きつけられる。


「一体何なんだよ、これ!?」


 僕の叫びに、アル殿下が叫び返す。


「罠だっ!!」

「罠!?」

「ルシフの最後の罠だったんだよっ!」


 ――ルシフ。

 アイツの罠?


「お前の母親は呪われたわけじゃない。お前の母親の胎内には、『闇の卵』が植え付けられていたんだ」

「『闇の卵』って、なんですか、それ!?」

「知らんっ!! さっきルシフがニヤニヤ笑いながら私に告げた言葉だ。ヤツは最初から、闇の卵の封印を解くために、王家の解呪法を狙っていたんだ」


 ――なんだよ、それ!?

 ――ルシフの目的は僕を『闇』にすることじゃなかったのか!?


 などと考えているうちに、お母さんの周囲にたちのぼる真っ黒な煙――『闇の波動』とでもいうべきそれは、いよいよ拡大していた。


 まずい。

 なんだかわからないけど、これはものすごくまずい。

 とんでもないことが起ころうとしている。


 その次の瞬間だった。


 お母さんを中心に、これまでの何百倍もの強風――いや、衝撃波が放たれた。


 まずいっ!!


 せめて結界魔法をっ!!

 リラだけでも!!


 僕はそばに転がっていたリラだけでも護ろうと、結界魔法を全力で使った。


 ――そして、僕の意識はそこで途絶えた。


 ---------------


 聖歴0523年の暮れ。

 この日、聖テオデウス王国王都は消滅した。


 そして、少年と少女が、姿のだった。

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