115.戦って、戦って、それから……

 3日前。王宮。


 テミアール王妃のなれの果てと対峙した僕は、失われた左手首に漆黒の刃を生み出し構えた。


「ごめんなさい、僕には貴女を助けることはできません。あなたのお父さんも。

 だからせめて、これ以上貴女の手が血に染まる前に、僕が貴女を滅ぼします」


 この時、僕の心はぐちゃぐちゃだった。


 僕の命を救うために、教皇が死んだこと。

 ルシフの暗躍でテミアール王妃が『闇』になったこと。

 自分の右腕が失われたこと。

 ルシフがリラに対しても契約を迫っていたことを、考えもしなかった自分の馬鹿さ加減。


 いろんなことがあって、頭の中がぐちゃぐちゃで、だから僕はあえて極めてシンプルに考えることにした。

 自分が今何をしなければならないのか、それだけを考える。

 それ以外の感情も、感傷も、事情も、全部邪魔だ。


 これ以上、テミアール王妃を暴れさせない。

 そして、護るべきモノを護る。


 だから。


「リラ、ピッケ、キラーリアさん、目くらましになればいいから炎をっ!!」


 僕が叫ぶと、リラとピッケがそれに応じて浄化の炎を吐く。


『闇の獣』ならともかく、『闇』にはリラやピッケの炎では致命傷になりえないようだ。アル殿下の大剣も同じこと。戦い続ければいつかは倒せるかもしれないけれど、確実に倒すにはやっぱり僕の漆黒の刃しかない。


 2つの浄化の炎が1つになり、『彼女』を怯ませる。

 僕は、『彼女』の正面に立つ。苦しみながらも『闇の火炎球』を吐き出す『彼女』


「パドっ!!」


 アル殿下が叫ぶ。

 もちろん、僕だってこの攻撃は予想済。

 漆黒の刃で打ち払うことも考えたけれど、ほんとうにできるかわからないので、横に飛ぶ。

『闇の火炎球』は後ろの壁にぶち当たる。

 壁を崩すが、やはり本物の炎とは違うのか燃え広がることはなかった。


『彼女』の次の攻撃に備える僕。

 だが、今度の攻撃は指。


 ――やっぱりか。


『彼女』も『闇の火炎球』を連続で何度も使えるわけではないみたいだ。

 当然だ。そうでなければ僕は腕を失った直後に、もう一発、今度は頭か腹を吹き飛ばされていただろう。


 僕は『彼女』の指を漆黒の刃で斬る。

 10本中8本は斬り落とせた。残りの2本のうち1本は僕の脇腹をかすり、もう1本が右脹ら脛に突き刺さる。


 ――かまうもんか。


 かつての戦いで、僕の体に『闇』の指が刺さっただけでは致命傷にならないと分かっている。

 僕は強引に床を蹴って、『彼女』に隣接。


 左手首から伸びる漆黒の刃を振り下ろし――


『ナゼ? ナゼ? 貴方モ理不尽ナ思イヲシテキタノデショウ?』


 ――嘆き、恨む『彼女』を一刀両断したのだった。


 ---------------


 それから先は、てんやわんやだった。

 ようやっとやってきた兵士達に対し、国王陛下はフロール王女とテキルース王子を捕らえるよう命令。

 貴族達の遺体と血にまみれた部屋で、国王から王子達の拘束を命じられた兵士達は、そりゃあもう、大混乱。

 片腕で血まみれの子どもや、抜き身の大剣を構えたアル殿下、どういうわけか少女リラをおんぶしている女騎士キラーリアさん謎の美青年ルアレさん見知らぬ子どもピツケ。さらに教皇の死体まで転がっているわけで。


 これで混乱するなという方が無理な相談あろう。


「お前達、父上のお言葉を聞かなかったのか!?」


 アル殿下が兵士達を一喝するが、彼らは戸惑うばかり。


 ――そんななか。


「一体何があったんだい?」


 謁見の間に入ってきたのはホーレリオ王子だった。

 彼もまた、騒動にいてもたってもいられずやってきたらしい。


「……これは……父上、一体なにがあったのですか?」


 国王陛下だって、そう尋ねられても困るだろう。

 そう思ったのだが、国王陛下が話す。


「テキルースとフロールが、アルを殺そうとした。11年前と同じようにな。これはその結果だ」


 いや、さすがにその説明は――かなり飛躍があるだろう。

 確かに、テミアール王妃が『闇』と化したのは、テキルース王子……いや、むしろフロール王女が11年前に起こした事件が遠因だ。フロール王女がアル殿下を神託うんぬんで失脚――あるいは処刑に追い込もうとしたのも事実だ。

 だが、だとしても話が飛びすぎである。


 僕が色々言おうとしたが、いつの間にやら後ろに立ったレイクさんがそっと僕の口を塞ぐ。


「パドくん、言いたいことはあるでしょうが、今は飲み込んでください」


 小声で言われる。


 わかっている。

 確かにこの場で『闇』だのルシフだののことを言っても理解はしてもらえないだろう。


 だけど、それにしても。


「そうですか……」


 ホーレリオ王子は黙想し――そして未だ混乱している兵士達に言った。


「君達、陛下の仰るとおり、姉上と兄上を捕らえるんだ」

「え、いえ、しかし……」

「聞こえなかったか?」

「はっ」


 兵士達はようやく敬礼し、「失礼します」と言いつつも、テキルース王子とフロール王女に縄をかけようとする。

 テキルース王子はもはや死に体で、抵抗もしない。


 だが。


「離しなさい、この下賤の者どもが、私に触るなっ!!

 ホーレリオ、何故です。あなたは実の姉の私より、アルに味方するのですか?」


 ホーレリオ王子は悲しそうな顔で、フロール王女を見る。


「姉上、それこそ、あなたは11年前に私の実の兄や姉や甥達を殺したのですよ」

「馬鹿な、母上の教えを忘れたのですか!? 私達は諸侯連立盟主のおじいさまの為に……」

「違いましょう。母上はただ、諸侯連立と王家の間で政争の道具にされた自分の人生の復讐を、我ら3人に押しつけただけです。そして、姉上もまた、同じこと。

 臣民を――それも城を守護する兵士を下賤と言い切る貴女に、王女たる資格はありません。

 さあ、2人を牢へ」


 ホーレリオ王子は兵士にそう言い放つ。


「ホーレリオ、父上、こんな、私はっ……」


 引っ立てられながらも様々なことを叫び狂うフロール王女。

 だが、その声もやがて聞こえなくなった。


「これで終わりですか?」


 僕がボソリと呟いた言葉に、レイクさんが頷く。


「とりあえずは、おそらく」

「そうですか」


 だけど、この時の僕の心の中は、何故かやりきったという気持ちよりも、むなしさだけが残っていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る