第9話 お父さんは心配

「こればかりは譲れない。ダメだ」

私は腕を組んで、真向拒否した。

「さくらもお父さんがいいっていうのだから、一緒に入ってあげなさいよ。家ではよく一緒に入ってるじゃない」

妻も負けじと食い下がる。


議論は平行線であった。

そもそも、今回は週末の温泉施設へ行く予定で、では娘をどうするか?というのが発端だった。

当然、今まで娘は妻と入っていて、女湯に行っていたわけだが、なぜか今回はお父さんと一緒がいい。と言い出した。


確かに、狭くはあるが、家のお風呂では娘と入ることはある。

背中を流したり、シャンプーで髪の毛を洗ってあげたりするのも苦ではない。

しかし、外だと違う。


「私と一緒ってことは、男湯だろう?」

「当たり前ね」

「そ、そんなところに、さくらを連れていけるわけないだろう!」

声を荒げる私に、妻はぽかんと口を開けてこちらを見ている。

その後、眉間にしわを寄せて考えている…というより頭痛が出てきた感じの妻から、呆れた声が出てきた。


「あのねぇ……、あなた幼女の裸見て興奮するの?」

「しないが?」

「大半の男はしないわよね」

「そんなこと言ってもな。たまに小さい子が入ってくるとその子を目で追う男がいるんだよ」

「そんな人がいるの……」

「それに、さくらはかわいいだろう。変態野郎の餌食にはなってほしくない」


妻は言いたいことはわかりましたとばかりに、大きなため息を一つついた。

「気持ちはわからなくはないけど、そんな来るか来ないかわからない幼女をまって風呂に入る男がいるとは思えないけど……」

「わからないぞ、確率は0ではないからな」

「考えすぎだと思うけどね。しょうがないから、今回は私が連れて行くわ。さくらはがっかりするでしょうけど」


わかってくれたか。とばかりに私も肩の力を抜く。

こればかりは娘には悪いが、どうしようもない。

「すまないな。頼む」


そう一言だけいうと、妻から爆弾発言が出てきた。


「そんなこといっても、保育園のころは男性の保育士がいたし、幼稚園でも珍しく男性の幼稚園教諭がいるけどね」

「なんだって……?」

「お察しの通り、当然お着換えとかもやってたし、お昼寝の確認もしてたはず…ってあなた何怖い顔してるの」


なんということだ。

私はギリっと爪を咬んだ。

妻から少し視線を外し、何もない空間をにらみつける。

まさか、保父とは……盲点だった。保育士も幼稚園教諭も男性なんてほとんど聞いたことがない。

もしや、そういう趣味で…と考えているところで妻が冷や水を掛ける。


「あなたねぇ……。幼女趣味だから保父さんになったとか、幼稚園教諭になったとか言い出したら怒りますからね」

「む……」

「結構大変なのよ。保父さんって。いろいろ言われるらしくて、本人も苦労なさったらしいし」

「ん?」

「そもそもその人は、結婚してますし……というか、既婚者ということで、ほかのお母さんたちも納得してますからね」

「既婚者なら…安心かもな」


話を聞けば、やはり男の保育士に娘を預けるというのを嫌がる母親は数名いたらしい。

それでも、一応その男性が既婚者である証明をしたことで、何とかOKになったということだった。

偏見が過ぎます。と妻に長い説教を受ける羽目になってしまった。


 * * * 


週末、家から小一時間離れた温泉施設に来た。

娘は確かに少しごねたが、妻がうまくとりなしてくれたようで、無事に娘は女湯のほうに行くことになった。


久々に足を伸ばしゆっくり肩まで使っていると、目の前で小さな女の子が一人で浴槽のヘリからおっかなびっくり入ろうとしていた。

私は、娘と同じ年頃のその子が足を滑らせて落ちたりしないか、ハラハラと見入ってしまう。


そしてふと。気づいた。


私、思いっきり裸の幼女をガン見してたな……と。


ひょっとして、今まで「子供をガン見してた大人」というのは、今の私のように、子供を見守っていただけで、決して性的な目線で見ていたわけではないのでは?

確かに、女の子だけでなく男の子も結構みんな見てるような気がする。


……ちょっと恥ずかしくなった私は、偏見で見ず知らずの人を犯罪者の如く見ていた事を恥じるとともに、今度はちゃんと娘と一緒に入ってあげないとな。

そんなことを考えるのであった。

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