第8話 食べるの食べないの?

「おとーさん」

朝刊を読んでいると、娘が私に問いかけてきた。

「なぞなぞとダジャレって何が違うの?」

「うっ」

娘よ、いきなりそんな超難問を父にするとは、この後の成長がとてもとても楽しみになるではないか。


「それは難しい質問だなぁ。どっちも言葉遊びみたいなものだよ」

新聞をたたみながら、そう答える。それに対して

「んー、よくわかんない」

満面の笑みでそう答える娘。なかなか手厳しい。


「例えば、問題と答えがあるのがなぞなぞかな。そうでないのがだじゃれ。かなぁ」

「えー?」

娘は不満そうだ。その表情と言葉にありありと見て取れる。

「だってー、『食べる前に抱くのは何?』って問題で、『板抱きます。だから、板〜』とか」

「ふむふむ。ほかには」

「楽しくなって笑ってしまう犬は何?って問題で『白い犬。尾も白いから〜』とか、ダジャレじゃないの?」

やるな娘。お父さんはうれしいぞ。

「それじゃぁ、布団がふっとんだら、ストーブはどうなる?」

ニヤリとしながらそういうと、両手を上げて正解を告げる娘。

「すっとぶー」

すごい。私の娘は、天才か?


「お母さん、さくらがすごい!」

私の呼び出しに対して、なんなの一体という顔をして妻がエプロンで手を拭きながらやってくる。

それを確認して、娘に問題を出してみる。

「じゃぁ、パンはパンでも、食べられないパンはなんだ!」

「パンツ!!」

即答か!

その言葉に、ちょっと固まる私と妻。

「パンツ食べるの?」

きょとんとしてみる娘の視線と、じっとりとした目で見る妻。

私にはパンツを食べる趣味はないが……妻よ、どうしてそんな目で私を見るのか?

「た…食べないけど」

「じゃぁ正解?」

小首をかしげる娘が妙にかわいらしくて、つい正解にしたくなるが、さすがにこれはダメだなと思う。

「うーん、○○パン。みたいなので考えてみて?」

「ルパン」

は??と鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まる私。

「ルパンって?」

「『ルッパ〜ン』ってこないだテレビでやってた」

峰不二子をまねてるのか、体を妙にくねらせながら、頑張って色っぽくいう娘。

うーむ。と私がうなっていると、妻が人差し指を立てて

「残念!正解はフライパンです」

と言い出す。ダメだ、妻よ。『ルパン』でも一応正解にしておいたほうがいい。そうでないと……

「おかーさん。ルパン食べるの?」

「は?」

そうなると思った……。私はうつむきながら、指で額を押えて、頭をフル回転させる。

「おかーさん、ルパン食べたい?」

娘の容赦ない攻撃に、タジタジになる妻。

それだけ聞いたら、ちょっと年齢制限を設けなければならない話になってしまうではないか。

必死で頭を回転させ、やっとひらめくものがあった。

「さくら、実はな…ルパンは食べ物なんだ」

「え?」

妻と娘が一斉にこちらを向く。

「実はね。食べられる普通のパンのことをフランス語で『ル・パン(le pain)』っていうんだ。だから普通に食べられるパンになっちゃう」

「そっかー、それならしょうがないねぇ」

一丁前に腕を組みうんうんとうなりながら頷く娘の姿は妙に堂に入っていて、まさに大物の貫禄である。


助かったとばかりに、盛大に息を吐き、妻が私に耳打ちをする。

「あなたフランス語なんて知ってたの?」

「昔『フランス語でいうとなんかおしゃれでかっこいい』って思ってた時期があって。そこでちょっと調べたんだよ」

「へー」

「そうだ。今晩はおしゃれに『シノワーズラビオリ』にでもするか」

「何それ!おしゃれっぽい、じゃ、それにしましょう!何かしら、楽しみねぇ」

そういうと、鼻歌交じりにまた台所に戻っていく、妻。


ネタばらしをしようとしたタイミングを完全に失い、自己突っ込みのつもりで上げた右手が物悲しく固まる。


うっ。まずいことになった。


夕飯に「餃子」が出てきてがっかりする妻と娘を想像すると、ちょっと身震いしてしまう。

もうちょっとおしゃれな餃子にしなければならないか?さてどうするか…


冷や汗をかきながら、私はネットのクッキングサイトを片っ端から検索するのであった。

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