第7話 サクラサク

三月末の冷え込みから一転、急に暖かくなったのか、近所の公園も桜の蕾もほころび始め、その枝にうっすらと桃色の化粧が施される。

数日後にはこの公園の桜も満開になり、見ごろになるだろう。


こじんまりとした公園ではあるが、立派なソメイヨシノが何本かあり、地元民に人気の花見スポットとなっていた。


実は、所帯を持ち、新たな新居を構えるにあたって、近くに公園があること。桜があること。

この二つを私は譲らなかったので、ここに住むことになったのだ。

公園から徒歩1分という好立地である。


娘が生まれる前は、帰りは街灯に照らされた満開の夜桜を肴にビールを飲んで帰ったりもしていた。

生まれてからは、ベビーカーを引っ張ってベンチに座りながら、すやすや眠る娘を肴に妻と酒を飲こともしていたっけ。

妻は近所で花見をするのに少し抵抗があったのか、最初はあまりいい顔はしなかったのだが、娘が生まれて、近所にママ友ができてからはその辺を気にしなくなったようだ。

「あんな立派な桜があるんだから、わざわざ遠くにお金かけていって子供疲れさせてどうすんの?」

というママ友の一言で考えを改めたらしい。

あまり旦那の懐に負担をかけないママ友グループに入ってくれたようでホッとしている。


自宅のドアを開け、帰宅を告げると、娘と妻の「お帰り」の声が聞こえる。

「ただいま。公園の桜、結構いい感じに咲いていたよ」

「あら。そう?じゃぁ、週末はお花見かしらね」


夕飯をテーブルの上に並べながら、妻がそういう。

「お花見!」

それに反応して、娘が嬉しそうな声を上げた。意外なことに、娘はお花見が大好きだったりする。

娘の名前は「さくら」なので、自分と同じ桜の花も好きになって当然なのかもしれない。


夕飯を食べながら、娘が突然変なことを言い出した。

「そういえば、桜の花ってなんで『さくら』っていうの?何か意味があるの?」

「んー…」

桜にはいくつか語源らしきものはあるのだが、どれも俗説としてであって正しい由来というものはないらしい。

私が悩んでいると、娘が切り出してきた。

「お花が『咲く』ら~で、さくら?おとーさん、どう?」

「実はな。そうなんだよ!」

「ええええ?」

変な声を出す妻。妻よ、私が変なこと言うんじゃないという目で見ていたのは知っているが、わかってないな。

「さくらの語源って実はよくわかってないんだ。でも、いろいろあるうちの一つに、さく+ら。で桜というのがある。らっていうのは複数という意味の言葉ね」

やった!と喜ぶ娘。

「ら?」と訝しむ妻。

「きみ『ら』っていう言い方を今でもするだろう?」

「ああ。でも、ほかの花だって『咲く』よね?」

「うん、だから、たくさんの花がつくものの総称だったみたいなんだ。それが今のさくらに落ち着いたらしい」

「へー」

「まぁ、ちょっとした雑学だよね」

「意外ね。ちょっと見直した」

そういう妻が、珍しく自分に感心しているのを見て。鼻高々になる。

「そうだろう?、花だけに鼻が高くなるだろう?」

「それさえなければ完璧だったのに……」

妻が、非常に残念な男を見るような目でこちらを見るので、少ししょんぼりしてしまう。

「あ、雑学ついでといえば、なんで『咲く』って口偏なんだろう?わかる?」

「そこは…漢字的には、花は『咲く』ものじゃないんだ」

「えええええ??」

驚く妻と娘。いや、そんなに驚かれても困るんだけど。

「花は『開く』なんだよ。咲くっていう言葉は特殊なんだ。開花宣言っていうだろ?」

妻は得心したようで、言われてみれば!と手を打つ。

娘は「カイカ??カイカ…」とぶつぶつ言ってる。まぁ、難しい言葉だよね。

「そこも所説あるんだけど、花が開く様を『花が笑う』って表現をした人がいるんだ」

「笑うの古い漢字が咲くなんだ。で、昔の頭のいい情緒のある人が、和語の『さく』を咲くに当てたっていう説が濃厚みたい」

「そうなんだ」

さっきの鼻高残念宣言を何とか返上(?)できたようだ。妻は私の意外な一面に感心しきりのようだ。

とはいっても、娘のほうは頭から、はてなマークが出ているのが見て取れるようにきょとんとしているのが気になるのだが。


──娘の名前を決めるとき、実はさくらの語源も調べたのだ。

「咲く+ら」から、いろいろな才能が花開くように。

そして「咲」の漢字から、いつまでも笑って過ごせる幸せな人生になるように。

そんな願いを込めてつけた名前だった。その知識がまさかここで役に立つとは思わなかった。

そんな気持ちが伝わればいいかな?と思い、ちょっと難しい話をしてしまった。


今はわからなくとも、大きくなって自分の名前に興味が出てきたら、また教えてあげればいいだろう。


「ま、うんちくの話はこのくらいで、週末どうするか決めようか」

私は、そんな感じで無理やりにまとめに入る。


今回の花見には、久々に「山桜桃」でも持って行って飲むかな。そんなことを考えながら、妻と娘と週末の計画を立てるのであった。

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