第4話 お父さんはお疲れ

同僚から沖縄土産にちんすこうをもらった。

ちんすこうというのはネーミングから下ネタ系に持っていくことが多いが、さすがに娘にそれは厳しいだろう。

うんこちんこネタは男の子のギャグの定番なので、息子であれば気兼ねなく言えるのだが。


息子・・だけにな。


と、相変わらずくだらないことを私は考えていた。


休日の昼下がり、お茶うけで出すと、娘が飛びついてきた。

最近文字の勉強を始めたのか、ある程度のひらがなは読めるようになっている。

思えば、自分も幼稚園でひらがなはある程度教わった気もする。いや、祖母からだっただろうか?


パッケージを見ながら娘が一文字一文字読む。

「ち……ん……ん???……こ……う」


どうやら娘は「す」が読めないらしい。でも、娘よ、その言葉はちょっとよろしくない。

「これは『す』って読むんだよ」

「んー……ちんこすう?」

妻がぼふっと噴き出す。

「ちょ……ちん『す』こう!」

慌てて訂正するが、言いにくいのかすごくイヤそうな顔をする娘。

ちんこすうというと、言いやすいのか、すごくいい顔をする。


なんてこった。娘が変な言葉を覚えてしまった。がっくりうなだれていると、娘がさらに追い打ちをかける。

「おとーさん、おつかれ?」

「ああ、ちょっとね」

「こんちたびなし?」

「!?」

こちらの愕然とした顔に小首をかしげ疑問の体を見せる娘。ちょっと、その言葉どこで覚えてきた!?

「なんか、男の人が疲れたら『こんちたびなし』っていうって、さとー君がいってた」

さとー、私の娘になんて言葉を教えやがった。許せん。

いや、でも、よく考えてみれば私も昔かわいい女の子にこんちたびなしって言わせてたような気もする。因果応報か!

頭を抱えながら、もやもやしている私の状況を見て、妻がニヤニヤしている。

妻よ。なぜそこでニヤニヤしていられるのだ?娘がへんなことを言っているんだぞ?

「おとーさん。ちんすこう。たりない?こんちたびなし直る?」

「ちがう、ちんすこうじゃなくて、ちんこすう!!……げっ」

気が動転していて、自分でも訳の分からないことを言い出す始末。しかも娘は大きな声に驚いて泣き出してしまった。

よたよたと妻の元に歩み、服に顔を押し当ててわんわんと泣く娘をみて、いたたまれない気分になってきた。


私は、頭をわしわしと両手で掻きながらボサボサになるのもかまわず、やっちまったことを激しく後悔するのだった。


その夜。

「あなたが、あんなに動転するなんて、思わなかったわ」

「ひどいよ。いくらなんでも、娘に下ネタ言わせたいわけじゃないんだから。そのくらいの分別くらいはあるさ」

「でも、私の気持ちもちょっとはわかってくれたんじゃないかしら?」

「うーん……」

確かに、娘が変なことを言うのは心臓に悪いのかもしれない。

少し妻には悪いことをしたのかもしれない。とはいえ、私のダジャレを喜んでくれる数少ない一人が娘なのだ。

「『お母さんパン作れる?』とか聞かれたら、あの子はどう答えるのかしらねぇ」

妻は少し笑みを浮かべながら、悪戯っ子のようにそんなことを言う。

ぐっと胸を抑える。確かにだじゃれと下ネタは相性がいい。

お母さんパン作れる?という有名な悪戯言葉がある。

「うん」と答えると「へー、お母さんのパンツもらってるんだ~」と言われる。

私が時々パンをつくるので、娘は「おとーさんがパン作れる」といわされるのかと思うと、ざわざわしてしまう。


どうしようか、一回受けごたえの確認でもしてみるか?と眉間にしわを寄せて考えていたら、妻がぼそっと言う。

「どうせ、大方『お父さんがパン作れる』といった娘がいじめられることを想像してるんでしょ」

「……君はエスパーか」

「エスパーってなんか、懐かしい響きね。大丈夫よ。あなたの娘ですもの」

そういってクスクス笑う妻は、全く気にしてないようだ。私はやきもきしているというのに。


 * * *


次の休日、久しぶりにパンを焼いた。

朝ごはんに焼き立てパンをほおばり、おいしそうに食べる娘をみて癒される私は、ふとこの間のことが気になって娘に聞いてみた。

「そうだ。『お母さんパン作れる?』って聞かれたら、どうこたえる?」

娘はもごもごと食べていたパンをごくんと飲み込み、やはり小首をかしげて聞いてくる。

「おとーさん、さとー君と同じこという」

「え?」

「『おかーさんのパンツはぶかぶかだよ?』っていったら、へんな顔してた」

「へ??」

ちらっと妻のほうを見ると肩をぶるぶるふるわせている。


知ってたのか!!


「あーーー!」

急に娘が大きな声を出した。

「ひょっとして、さとーくんは『パンツくれる?』じゃなくて、『パン、作れる?』って聞いたのかなぁ?」

「……んー、どうだろう?」

口角をひくひくさせながら、いう私。

やっぱりあなたの娘ねぇ、という目で見る妻。

うんうんうなりながら、しまったーという顔をする娘。


三者三様の体であった。


「あ、そうだ」

と急に娘がいいだす。

「おとーさん、疲れるとしなびた?しなびたってなに?」


私と妻は一斉にぼふっと吹いた。


「さとー君にこんちたびなしの理由きいたら、逆から読めって言われたんだけど、意味が分かんない」

「そ……そんな意味はまだ知らなくていいです!」


またしても急に大きな声をだしたせいか、娘が涙目になる。

娘を泣かさないようにアワアワする私に、まだ見ぬ悪ガキのさとーがニヤつきながら舌を出している、そんな気がした。

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