6. The "Two" Neat Thing to Do
「まず、この事件を解決する方法が二つある」
再び私へ向き直った寒月が、Vサインを右手で作って私へ突き出した。私もつられてVサインを作り、それを見下ろす。
「二つ、ですか……」
「そう。大前提として私はもう真犯人を看破しているが、そうするとこの事件を収束させる方法は自ずと二つに限られてくる。わかるか?」
「一つは……真犯人が誰かを明らかにしてゆるぎない証拠を突きつけること、ですよね?」
「まぁそうだな。それがスタンダードだ」
私の答えは及第点を得たようで、寒月は満足げに頷いた。
真犯人、寒月はもうわかっていると言い張るその誰かがこの殺人を行ったのだという確固たる証拠。それがあればどれだけいいか。
「でも実はだ、真犯人の証拠がなくても解決する方法がある。プランBというやつだな」
「プランB、ですか……でもどうやって」
証拠がなくても大丈夫というプランがいまひとつ想像できず、私は首を傾げた。証拠なしに誰かを犯人にするなんて、私の二の舞じゃないだろうか。
「私には真犯人のあたりがついていると言ったよな。実はこの事件の状況はな、犯人がエマかその真犯人のどちらかじゃないと説明ができないんだ」
「え、そうなんですか?」
つまり、この事件の犯人は真犯人か私かの二者択一? いや、私からすればその真犯人一択だけども。
「そうだ。その理由はあとで説明するが、ともかくこの状況だと真犯人の決定的証拠というやつを出さなくても事件を解決する方法も想像つくんじゃないか?」
「えっと……」
寒月からの問いかけに、私は必死に頭を働かせる。容疑者が二人いて、一方に絞るにはどうすればいいか。片方が犯人である証拠を出す以外の方法といえば……。
「あっ! 私が絶対に犯行を行えないことを証明すれば!」
「消去法で残ったほうが犯人だな」
寒月が笑って頷く。問題に答えて褒められることなんて私の人生には滅多にないので、なんだか嬉しい。
「で、なんで二者択一になるかって言うと、大事なポイントは被害者の手の中に残った髪の毛だ」
寒月はとくとくと説明しながら、慣れた動きで車椅子を机の間に通し死体まで近づく。そうはいっても車椅子に座る彼女ではシートは取れないので、私が死体まで歩み寄って取ることになる。全部取る必要もないだろう思い、腕の部分が見えるように少しシートをずらすにとどめた。
「ありがと。これが問題の手と髪の毛だな」
「はい……」
改めてみると、腕だけでも死体は気味が悪くあまり直視したいものではなかった。さっきまでは自分が殺人犯にされるという焦燥感があったから意識に上らなかったけど、生き物だったはずの、もう生きていないただの有機物と化したものというのは不気味に見えてしまう。
そういえば昔、飼っていた犬が死んだとき、その亡骸が無性に怖くて泣いたっけ。両親には愛犬の死を悲しんでいるように見えていただろうけど。
一方の寒月にはそんな恐れも感慨もないのか、車椅子から身を乗り出してじろじろと死体の手を眺めていた。その手には、金色の髪の毛が握られている。
「ふぅむ。思った通りだな。この状況はエマが犯人だったとして、被害者を襲ったときに髪を引き抜かれたと考えるか、あるいは私の想定する真犯人が彼を殺したと考える場合にしか説明できない」
「真犯人が……でもこの学校には金髪の生徒って私しかいませんよね」
「そうだな、生徒は染色禁止だし、茶髪だと自毛証明書を持ってないといけないというクソ校則まである。エマのほかに金髪の生徒がいると考えるのは無理があるな」
自毛証明書は私も持っている。「金髪、くせ毛」とか書いてある無機質な紙切れで、まるで独裁政権が発行する身分証みたいな見た目をしているやつだ。頭髪の心は心の乱れというお題目だけど、一生懸命頭髪検査をしている校内で殺人が起きていては世話がない。
もし金に髪を染めたら殺人者になるのであれば、犯罪学の常識が書き換わってしまうだろう。
「でも金髪じゃないとしたらどういう理由で、被害者が金の髪を握っているんでしょうね……どこかで髪の毛を手に入れて、殺したあと握らせたとか……」
「ありえない話じゃないけど違うだろう。これはたぶん衝動的な犯行だ。少なくとも前もって綿密に計画したものじゃない。計画犯なら凶器を放置するなんてヘマはしないだろうし……まぁ犯人が底抜けのあほじゃなければの話だけどな。ともかく計画犯じゃないなら、どこかで金髪を入手する暇なんてないはずだ。一本や二本ならともかく、被害者は結構な本数を引き抜いてる」
寒月は私の発想を認めつつも、首を振って否定した。発見されたときにはまだ死後硬直は始まってなかったし、可能だとも思ったのだけど。私が考えたことくらい、彼女はとうに検討済みなのだろう。
「それにだ、仮に金髪のエマに罪を擦りつける計画だったとしてもこれはお粗末すぎる。たまたまエマにアリバイがなかったからうまくいっているが、そうならない可能性の方が高かったはずだ。そもそも無能な生徒会警察がこの髪の毛に気づかないことだってある」
「そうですよね。私、補修が終わってから傘を探しに校舎内をうろついてましたけど、そのとき誰かに会っていればアリバイは成立しましたし」
MCPのせいで放課後に校舎に残るのは危険な行為になった。四月に一件、すでに事件が起きているのだ。それこそ夜中の繁華街をうろついたほうがまだ安全かもしれない犯罪率が蕨野高校を支配している。MCPの保護、すなわち事件に対する警察の不介入という恩恵は蕨野高校の敷地外では効力を持たない。だから授業が終わればさっさと帰るのが身を守るうえで一番の方法になった。
同級生に殺されるかもしれない不安を抱えて学校生活を過ごす。なんてことだろう。
「実はカツラの髪の毛でしたー……って線もないですよね?」
「文化祭ではしゃぐ用のものがあっただろうし、それもいいアイデアだと思うがな、しかしどのみちこの殺人が無計画なものであるはずという障壁を超えられないだろう。カツラであるにせよ事前に準備をしないといけないことには違いないわけだし」
私は思いつきを口にしてみるものの、これも寒月に否定された。そもそも被害者の握っている髪の毛は長くて細い。上等なウィッグならさておき、高校生がコスプレに使うような安物のカツラに使われるようなナイロンの毛ではない。いくら何でも、本物の髪の毛とナイロンを間違えるわけがない。
じゃあどうすれば、私以外の生徒が、真犯人が被害者に髪の毛を握らせることができるのだろうか。
「ま、真犯人の証拠の方は私が準備しておくよ。エマは自分が犯行をしてないっていう証拠を考えておいてくれよ」
「わ、私がですか?」
寒月は不意に私へ、重大な仕事を振ってきた。自分を弁護する証拠を自分で探し出す。それができたらそもそも、犯人に仕立て上げられていなかったけど……。
「私にできるでしょうか……」
「そう重大に受け止めるなよ。実際には私の用意する証拠でおおよそ決まるんだ。お前が犯人だと思われる確率が少しでも減ったらいいな程度の思惑だよ。見つからなかったら見つからなかっただ」
ことの大きさのおののく私へ、寒月は気楽な口調で言った。最悪彼女に任せてしまえば、確かに事件は解決するだろう。けれどこれは私の問題でもある。だったらせめて、少しでも出来ることをしたいという思いもある。寒月に頼りっぱなしではいけない。
「……わかりました。頑張ってみます、寒月先輩」
「その意気だよ。さ、今日はもう帰ろう」
寒月は私の顔を見ると、嬉しそうに笑った。そして私を励ますように腕を軽く叩いてから、車椅子を動かして教室から出ようと……。
「あぁ、やばい。机に引っかかって出れない。エマ、ちょっとこれどかしてくれないか」
「あ、はい」
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