3. "In"innocence
「……え?」
「こいつが犯人だ。間違いない」
田淵の一言で、ほかの生徒会警察もこちらへ集まってくる。彼らはあっという間に私と死体を取り囲み、車座になった。総勢七名。逃げ場はない。みんな私のことを奇妙なものを見つめる目で、ただし変な外国人を見る目ではなくもっと警戒と悪意のある目で見てくる。私は自然と背中に汗をかいていた。
「あの、なに……」
「一年五組、エマ・オールドマン。お前を坂上翔太殺害の容疑で逮捕する」
「えっと、ちょっと……」
逮捕という言葉に反応して、私のそばにいた生徒会警察の生徒が私の両脇を固め捕まえる。乱暴に腕を締め上げられ関節が悲鳴を上げる。私は状況を掴めないながらも、危機だけははっきりと感じていた。
いわれのないイメージを投げつけられる不快感。それが最大限に増大したものが私を襲っていることだけはしっかりとわかる。
「ま、待ってください! なんで私が……」
「そうそう。理由は説明してほしいな、田淵君?」
私の抗議に割り込むかたちで、女子生徒が田淵へ尋ねる。ほかの生徒も理由は気になっているようで、女子生徒へ同調するように相槌を打った。
「じゃあ説明してやるよ。伊藤、死体の右手をよく見ろ」
「右手……」
伊藤と呼ばれた女子生徒はしゃがむと死体に臆せず触り、被害者の右手を改める。彼の手は力強く握られているが、死後硬直はまだ始まっていないらしくその手は容易に開いた。手の中からは糸のようなものがはらはらとこぼれる。伊藤はその糸を拾い上げ、立ち上がって光に照らすように掲げる。
「髪……みたいね。色素は薄くて、金髪かしら?」
「そうだ。被害者の手に金髪が握られている。おそらく犯人に襲われたときに抵抗して掴んだんだろう。つまり犯人は金髪で、この学校には金髪の生徒は一人しかいない」
「あぁ、なるほど」
田淵の説明に伊藤が納得して手を打つ。けれど私は全く理解できていなかった。なんで見ず知らずの死体から私の髪の毛が? どうやってそんなことに?
「待ってください! 私じゃありません!」
「じゃあ他に誰がいるってんだ!? 金髪なんてふざけた髪の毛のやつお前しかいないだろ! お前が殺して第一発見者を装ったと考えれば全部説明がつくんだよ!」
「それは……」
私の抵抗は補修教室へ空虚に響いた。絶対に自分じゃないとわかっているのに、田淵の推測は実に筋が通っている理不尽に涙が溢れてくる。周りの全員も私のことを疑っているのがありありと見て取れた。このままでは本当に犯人にされてしまう?
「わ、私非力です……人を絞め殺すなんてそんなこと……」
「知り合いの不意をつけば女性でもできるでしょう? 少なくとも不可能じゃないわね」
「し、知り合いじゃないです……」
「嘘だな。顔を見ればすぐわかる。目を逸らすのは嘘をついている証拠だ」
「そ、そうだ……DNAは? その髪の毛をDNA鑑定すれば私のじゃないってわかるはず……」
「そうだな。鑑定すればはっきりするが、校内の捜査には警察は関与しないルールだ。まさか一生徒にDNA鑑定の技術があるわけもないし、残念だったな」
「あぁ……」
なんとかひねり出した素人知識もあっさりとはねのけられてしまう。突然殺人犯にされた私の自己弁護は、順当に万策尽きた。
「でも……でも……」
「今日はもう遅い。監督官も帰られただろうし、突き出すのは明日にしてやる。逃げるなよ?」
うなだれる私に、田淵は勝ち誇って言った。私は途方に暮れ、その場に崩れ落ちる。両脇の生徒は脱力した私を支えるのやめ、私を床へ投げ出した。ほかの生徒会警察は仕事が終わったとでも言うかのように、ぞろぞろと補修教室から出ていく。
どうしよう。テストの問題が全く分からないように、これからどうしていいか見当もつかなかった。普段嫌なことがあったら不貞寝して時間が解決するのを待つけれど、これはそういう問題じゃない。私は刑務所に入らないといけないんだろうか。白黒ボーダーの囚人服を着て番号で呼ばれる私の姿。ああだめだ。こんな時にまで間抜けな想像しかできない。だから犯人に仕立て上げられるんだ。そもそもちゃんと勉強して赤点なんて取らなければ、こんな時間まで学校に残ることもなかったのに……。
「あぁ、そうだ。お前外国人なんだろ? だったら今日のうちに荷物まとめたほうがいいかもな」
「……え?」
教室から出る寸前、私へ背を向けた田淵が言った。私はその意味がよくわからなくて、単純に聞き返す。
「外国人犯罪者は国外追放だろ。自分の国に帰るんだな」
自分の国? 私の国はここだ。海外旅行すらしたことない。でも殺人犯は日本を追い出されるのだろうか。だったら私はイギリスへ行くのか。親とも離れて? 英語は赤点をとるほどできないのに? 言葉もわからない国に投げ出されるのか?
そうなったら、刑務所行きよりも地獄だ。誰も私を知らない、言葉も通じないところで行き場がなくなって野たれ死ぬかもしれない。
怖い。
恐い。
いやだよ……。
不意に、床に転がるコードが目に飛び込んできた。そこだけが浮き上がって見える。私は考えないままそれを掴んで立ち上がっていた。コードを伸ばして輪を作り、背を向け談笑する田淵にゆっくりと近づく。
私が死ぬくらいなら、誰かを殺してでも生き残ったほうがましかな?
あと三歩。あと二歩。あと一歩のところまで田淵に歩み寄り、腕を上げる。コードがだらりと垂れ、田淵の頭を捉える直前までいった。
その瞬間だった。
「あーはっはっはっは! 聞いたぞ田淵ぃ! 相変わらずバカみたいな推理を大声でご苦労なことだ!」
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