第13話 派遣にゃんこ ②

ある日、お手伝いさんが

猫の砂を替えに部屋に入ってきた。


うっかりドアを閉め忘れた隙に、イワンは飛び出した。

広い屋敷の中を走り抜けた、あっちこっち出口を探しまわった。


一階の開け放した窓の網戸を破って、

やっと外に出ることができた。――が、そこからが問題だった。


屋敷の庭に出たが、周りは高い塀が張り巡らされていた。


猫カフェ『にゃんこの館』へ帰りたくとも、

どっちへ行けばいいのか、皆目見当がつかなかった。

一度も外に出たことがないのだから仕方ない……


――ああ、家猫の哀しさよ。


すぐに見つかるのも悔しいので、

イワンは庭の植え込みの中にじっと隠れていた。


「ロアン! いつ帰ったの?」


背後から声が飛んできた。

振り向くと、背中はキジトラでお腹は真っ白な

牝猫がのぞき込んでいます。


「俺の名前はイワンだ。あんた誰?」


「あら、ロアンじゃないの? そっくりだから間違えたわ」

牝猫はイワンを上から下までジロジロ見て、


「そうね。ガキっぽいからアンタはロアンじゃない」


フン! とイワンは鼻を鳴らした。


「アタシの名前はユメよ」


その牝猫は半野良のユメというオバサン猫でした。

時々、お屋敷の庭に侵入して、

ここの飼い猫ロアンという十七歳になる

おじいさん猫と遊んでいたということでした。


「そのロアンって、行方不明の猫のことか?」


「そうよ。ここにロアンが居るわけないわ。

だって……アタシにお別れの挨拶をして、

一匹で旅立ったんだもの」


「へぇー、そいつも脱走したのか?」


「そんなんじゃないわ! 

ロアンは大好きな飼い主の願いを叶えるために

危険な旅をしているの」


ユメは怒ったように言い返した。


「危険な旅って……?」


「アンタは家猫だから知らないだろうけど、

外の世界には車って怪物が走っているのよ。

いたずらっ子にいじめられたり、

他所の縄張りに入ったらボス猫に追いかけられたり、

ホントに命懸けなんだから……」


そんなことは何も知らない世間知らずのイワンなのだ。


けれど、冒険に憧れるイワンはユメにそう言われて

よけいに外に飛び出してみたくなってきたのです。


「俺、仲間の所へ帰りたいんだ。出口を教えろ!」


「ダメ、ダメ! 車に轢かれて死んじゃうのがオチだよ」


『見つかったぞぉ―――!!』


大声で叫ぶ声が聴こえた。


あれぇ~? 俺はここにいるよ。

不思議に思った二匹は声のする方に走って行ったら、

一匹のロシアンブルーが倒れていました。


「ロアン!?」


ユメが名前を叫んだ。


その猫は体中傷だらけで痩せ細って、

虫の息だったが、コクリとうなずき

そして気を失った。


その口に何か咥えられていた、

それは桜貝だった。


「ロアン、海に行ったんだね。

飼い主が死ぬ前に見たいと言ってた、

遠い海に行ってこれたのね!

こんなにボロボロになって、あんたは偉いよ」


ユメはロアンの側で号泣した。

イワンはそのまま捕獲された。


昔、船乗りだった飼い主の夢を叶えるために、

ロアンが代わりに遠い海まで行って来たのかもしれない。



証拠は、その



その夜、老人と愛猫は一緒に天国に召されました。


病気で行けない飼い主に代わって、海を見てきた猫は、

きっと天国で海の話をおじいさんにしていることでしょう。


大好きなおじいさんに抱かれたロアンの

嬉しそうな顔が目に浮かぶようです。


そして、お役御免になったイワンも

みんなの待つ、猫カフェ『にゃんこの館』へ還された。


久しぶりに帰ってきたイワンの元に

スタッフのにゃんこたちが集まってきました。


いたずらっ子イワンがいなかったせいで

猫カフェ『にゃんこの館』は、静か過ぎて……

まるで火が消えたみたいだったのです。


仲良しの牝猫ハルカが小さな声で、


「イワンが居ないと寂しかった……」


と呟いたので、嬉しくて、テレ臭くて、

思わず、猫パンチしちゃったら、

10倍返しでボコボコにされた。


相手がいないとケンカもできなぁー。

あはは……


狭くて、騒がしくて、猫がいっぱい居るけど

みんなと一緒に食べるご飯は、

やっぱり美味しい!!


やっぱり、ここが俺の居場所なんだと

イワンはつくづくそう思った。


独りぼっちになって、初めて分かった

仲間たちとの深い絆だった。


猫カフェ『にゃんこの館』、

ここが俺のマイホームだ―――!!


かけがえのない仲間たちがいる

だから帰りたくなる場所なのです♪


(ω゚∀^ω)ニャンニャーン♪

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