第5話 ライバルにゃんこ

猫カフェ『にゃんこの館』のスタッフ猫


シャネルと蘭子

この二匹はケンカばかりしている。


あまりの仲の悪さに

他のスタッフたちも

ほとほと迷惑しているのです。


     *


お馴染の猫カフェ『にゃんこの館』では、

12匹+ゲスト猫のスタッフが働いています。


みんな仲良くしているように見えますが……

実はそうでもないのです。



特にホワイトペルシャのお嬢さま猫シャネルと

野良猫出身のキジ猫の蘭子はとても仲が悪い。


寄ると触ると必ずケンカになる。


この二匹は、いわゆる“犬猿の仲”ってこと? 


猫なのに犬猿とか……じゃあ馬が合わない。


猫なのに“馬が合わない”って? 


とにかく、お互いに相手が気に入らないようなのです。



「蘭子とシャネルは仲が悪いね。ライバルなの?」

三毛猫のミーコがそう訊くと、


「シャネルとライバル? 

はんっ、あんなBBA猫なんか!」

と蘭子が言うと。


「野良猫なんかと純血種のわたくしが

ライバルな訳ないでしょう。おほほっ」

シャネルも言い返す。



蘭子は野良猫だった自分自身に誇りを持っているし、

シャネルは純血種の猫しか認めないプライドの高さで、

お互いに自分が一番だと思っているのです。



そんなある日、二匹が大ケンカをしました。


蘭子が寝ていたシャネルを

驚かせて起こしてしまったのです。

寝起きの悪いシャネルは蘭子をひっ掻きました。

猫パンチで蘭子もやり返す!


二匹はフゥーと毛を逆立て威嚇し合い、

その後、追い駆けっこになり、猫タワーを倒し、

お客様の飲みものをこぼし、

仔猫たちを驚かせてパニックにしました。


おまけにケンカの止めに入った、

茶トラのにゃん太までひっ掻いてケガをさせてしまい、

猫カフェ『にゃんこの館』は大騒ぎになりました。



この事件にはオーナーの美弥さんも怒りました。


罰として、二匹の猫は謹慎処分となり、

一日餌抜きでゲージに入れられ、別室に置かれることに、

そこは倉庫みたいな部屋で窓もなく暗いのです。


「あんたのせいでこんな目にあったでしょう」

蘭子が怒って言いました。


それぞれ入れられたゲージが二つ並んでいます。


「あらっ、失礼ね。

わたくしまでこんな罰を受けるなんて理不尽ですわ」


お互いに自分の非は認めません。


「フンだ!」


謹慎処分になっても、まだケンカをしています。



それでも時間が経ってくると、

お腹が空いて元気も出なくなってきました。


「ああー、お腹すいたぁ~」

蘭子が呟きました。


「あなたは野良猫だったんだから

空腹でも平気でしょう? 

飼い猫だった、わたくしに耐えられませんわ」


「うるさい! 今は野良じゃないよ」


「誇り高きペルシャ猫のわたくしが

こんな辱めを受けるなんて……」


お嬢さま猫シャネルがシクシクと泣きだした。


「餌抜きくらいで、泣くんじゃない!」


イラついた蘭子が怒鳴った。


「餌が食べられないなんて……

今まで体験したことがないんですもの」


「ペットってヘタレばっかり! 

人間に飼われてたなんて情けなーい!」


野良だった蘭子は何度も辛い目や危険な目に合って、

これまで生きてきた。

だから人間に餌を貰って、のうのうと生きている

『ペット』と呼ばれる猫には反感を持っていた。


「やーい! ペットなんか人間のオモチャじゃんか」

シャネルをバカにして捲し立てます。


「お黙り! あなたにペットの何が分かるの!?」

強い口調でシャネルが言い返した。



シャネルは仔猫のとき、

フランスのブリーダーの元から

日本にやってきました。


両親共チャンピオン猫の

高価なホワイトペルシャなので、

お金持ちの家でペットとして

飼われることになりました。


老婦人と家政婦しか住んでいない、

大きな屋敷の中で

シャネルは自由に暮らしていました。



シャネルの飼い主の老婦人はファッション界で

一世風靡したデザイナーだった人で、

年をとっても真っ赤な口紅が似合うお洒落で女性でした。


彼女は誰からも尊敬され、名声を得て、

財を築いた人である。

今は仕事を辞めて引き籠っていた。


――それというのも、かつて栄光時代に、

お金目当てに近づいてきた人々に

裏切られたり、騙されたりして、


すっかり人間不信に陥っていたからなのです。



老婦人は猫のシャネル相手によく話をした。


「シャネル。私、日曜日は嫌いなの。

だって、みんな家族と過ごしているでしょう」

寂しそうな顔をして言う。


実は孤児院で育った彼女には家族がいない――。



若いころは、

その美貌と野心で男たちを踏み台にして

スターダムへと伸し上がってきた。

全てを手に入れたかと思える彼女だが、

あまり幸せそうでもない。


彼女は生涯独身だった、年をとって

家族のいない寂しさからペットに飼い始めた。

我が子のようにシャネルを可愛がっていた。


「シャネル。若い頃の私は仕事に夢中だったの。

成功を手に入れるためにライバルたちと戦ってきたわ。

ライバルを蹴落としてどんどん高見に昇っていったら、

もう戦う相手がいなくなっていたわ。

――気が付いたら、独りぼっちだったの」


人間の言葉は分からないけれど、

その孤独感は伝わってくる。


飼い主の寂しさを紛らわせるのが、

ペットの役目だとシャネルは分かっていた。


だから、老婦人の足元や膝の上で、

その愛くるしい姿で

癒してあげたいと思っていたのだ。



「シャネル、ありがとう。

おまえが居ると寂しさが紛れるよ」



ふわふわの縫いぐるみのような

シャネルを抱きしめた。


毎晩、一緒のベッドで寝ていた。

喉を優しく撫でてくれる老婦人が大好きだった。

その温もり包まれて、シャネルは安心して

暮らしていたのだ。



この飼い主さえいれば幸せだったのに……

だが、“さよなら”は突然やってきた。



ある朝、

シャネルがベッドで目を覚ましたら、

老婦人は冷たくなっていた。

耳元でニャーニャー鳴いても目を開けなかった。



飼い主を亡くし、

シャネルはとうとう独りぼっちに……。



老婦人の遺産を奪い合っていた人たちも、

飼い猫なんかに目もくれない。


誰も引き取り手のないシャネルを

家政婦が連れて帰り、知り合いに頼んで、

猫カフェ『にゃんこの館』の

スタッフにして貰った。


 

「フーン、ここに来るまで悲しいこともあったんだね」



謹慎処分になったせいで、

今まで、マトモに喋ったことがない、

シャネルのカミングアウトをきいた蘭子だった。


自分と違って、今まで……

のうのうと生きてきたと思っていたシャネルなのに……

飼い主を亡くして、辛い目にも合っていたことに驚いた。


「……ここに引き取られて、

仲間の猫さんたちと暮らせて良かったと、

わたくし思ってますの」


「あたしも野良から、ここにきてラッキーだったよ!」

“犬猿の仲”だったシャネルと蘭子の意見が初めて合った。


「あんた、今でもその人間が好きなの?」


「いつも夢に出てきます。

わたくしが死んだら、飼い主さまの元に参りますわ」


なぜかシャネルは嬉しそうに笑っていた。


その姿を見て、

飼い主とペットの“絆”だろうかと

蘭子は考えた。


お互いのことは分からない。

――だからこそ、シャネルと蘭子は

相手が気になるのかも知れない。

 


その後、

この二匹がどうなったかというと

――相変わらずケンカしている。

けれど、今までと違ってお互いに相手を

ライバルとして意識するようになっていた。



ケンカしてもお互いを認め合うのが

猫カフェ『にゃんこの館』の

スタッフの流儀なのだ!


個性豊かなにゃんこたちに

会いに来てくださいね。


(ω゚∀^ω)ニャンニャーン♪


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