第6話 野良にゃんこの思い出 ①

いつも元気いっぱい!

猫カフェ『にゃんこの館』では

一番負けず嫌いで気の強い


キジ猫の蘭子ですが、

仔猫の時には野良猫だったのです。


        *


猫カフェ『にゃんこの館』のスタッフの

キジ猫の蘭子は、よく窓辺に居ることが多いのです。


今日も窓辺から外を眺めています。

その横顔はどこか悲し気で寂しいそう

いつもの気の強い蘭子とは、まるで別人(猫)みたい。


「ランねぇー」


黒猫のクーが側にやってきました。


クーは蘭子の弟分のにゃんこ

同じ野良猫出身で、姉のように懐いています。


猫カフェ『にゃんこの館』では、

高価な洋種のにゃんこが多いので

ミックスの日本猫は、

ちょっとバカにされたりします。


――ですが、蘭子は気が強いので

それが原因でスタッフとケンカに

なったことが度々あるのです。


野良猫だった自分の過去に

蘭子は誇りを持っています。


「何を見てんのさ?」


窓の外を眺めている蘭子に

クーが訊ねました。


「空や雲や鳥とか見てるんだよ」


「そっかぁ~、ランねぇは、

おいらと違って野良が長かったからなぁー」


 

クーは生後まもなく

母猫とはぐれて、神社の境内で

ニャーニャー鳴きながら

彷徨っている所を、

二人の小学生の女の子に拾われました。


それぞれ飼ってくれるように

親に頼んだけれど

ダメだと言われて、泣きながら……


カフェ『にゃんこの館』へ仔猫を連れて


「この子を飼ってください」


オーナーに直談判しました。


その熱意に美弥さんが負けて、

クーを猫カフェ『にゃんこの館』の

スタッフの一員として加えました。


いつも週末になると、

二人の女の子がクーに会いに、

カフェ『にゃんこの館』に遊びにやってきます。


女の子たちが来ると、

クーはとっても嬉しそうです。


あっ!

さて、クーの話は置いといて……。



「外の世界には雨や風、自動車も走ってて、

危険もいっぱいあったけれど、

わくわくするような

楽しいこともいっぱいあったんだ」


懐かしむように蘭子が呟いた。


「ランねぇは外へ出たいの?」


「もう一度、草の上を走りまわりたい!」


「おいらは……出たいと思わない」


ビビリのクーは、蘭子と違って

外になんか出たいなんて

一度も思ったことがありません。


外の世界はとっても怖そうで、

ここに居るのが一番安全だと

クーはそう思っているからです。


「外の世界には自由がいっぱいなんだ」


かつて野良猫だった蘭子は

遠い目をして笑った。

蘭子の瞳には遠い日々が

映し出されているようでした。


        *


お月さまの明るい初夏の夜、

空き地に捨てられていたトロ箱の中で

蘭子は産声をあげました。


野良猫のお母さんが生んだのは、

6匹の仔猫たちです。



産んですぐに、

お母さんは仔猫たちを

人間に見つからないように

水の流れていない側溝の

羽目板の下に隠しました。


けれども

少し仔猫たちが大きくなってくると

ちょこちょことそこらじゅうを

歩き回るようになって

人間に見つけられてしまいました。


6匹の仔猫たちの内、


グレーでふわふわの毛並の仔猫は、

きれいだったので、すぐに飼い主が見つかりました。


真っ白で左右の眼の色が違う仔猫は、

通行人が可愛いと連れていきました。


真っ黒な仔猫は、行方不明になりました。


牛柄の仔猫は、ある朝死んでいました。


茶トラの仔猫は、車に轢かれてしまいました。


そして最後に、キジ猫の蘭子だけが残り、

野良のお母さんと空き地で一緒に暮らしました。


そこにはいつも野良猫が

12~13匹タムロしています。

痩せた野良猫たちは、わずかな餌を

奪い合って懸命に生きていました。


まだ子猫の蘭子にとって

野良暮らしは決して、

楽なものではありません。


いつもお腹を空かせて

ニャーニャー鳴いていました……


それでも空き地を駆けまわったり

虫や小鳥を追いかけたり

カラスたちとゴミ袋を漁ったりと

野良猫として自由で気ままな暮らしが

そこにはありました。



蘭子たち野良猫が

ネグラにしている空き地の側に

猫好きのお婆さんが住んでいます。


通称『猫ばあさん』と呼ばれる

その人は野良猫たちにいつも餌をくれます。


本当は人間たちのキマリで

野良猫に餌をやってはいけない

ルールになっているのですが

猫ばあさんは、野良猫の餌やりを止めません。


だから、近所の住民たちが

猫ばあさんにいろいろ苦情を言ってきます。


野良猫たちが、

花壇におしっこやうんちをした

ゴミ袋を破いて生ごみを漁る


自動車の上で寝ていて

愛車に毛や傷がついた


野良猫は不潔で汚い

蚤や病気も持っている


仔猫をいっぱい産むので

どんどん増えて困る、などなど……。


近所の住民たちは

猫ばあさんに野良猫に

餌を与えるのを止めるように

再三、注意をしましたが、

猫ばあさんは、お構いなし!


そのせいで

近所の嫌われ者だったのです。



餌の乏しい野良猫たちに取って

この猫ばあさんがくれる餌こそが生命の繋ぐ、

唯一の食糧だったのです!


それがある日、

猫たちの恩人である猫ばあさんがケガをして

入院することになってしまいました。


野良猫たちに餌をくれる

人間がいなくなって

空き地の猫たちは困りました。

若い猫たちは他の餌場を探して

旅立っていきました。


けれど、まだ仔猫の蘭子を連れて

野良猫のお母さんはどこにも行けず、

餌に困って、どんどん痩せてゆき――。

ついにオッパイも出なくなってきました。


住宅の軒下で、ニャーニャー鳴いて

人間に餌をせがんでも……

ホースで水を掛けられ追っ払われるだけ。


そして近所の住民たちは、

猫ばあさんがいないあいだに

野良猫を捕まえて保健所に連れていこう

という相談がまとまっていたのです。


最近、空き地の野良猫たちがめっきり減ってきた。


他所ほかのエリアに餌場を探しに旅立った猫もいたが、

年老いた猫までどこかへいってしまっている。

一時は12~13匹集まっていた野良たちも

今では蘭子たち親子しか残っていない。


空き地で野良の親子はお腹を空かせていた。

猫ばあさんが戻らなければ……

この親子は死んでしまうだろう。


そんなある日、

空き地で餌を見つけた!


針金で作られた箱の中に

美味しそうなカツオの生ぶしが

ぶら下がっていたのだ。

これは猫まっしぐらです!


野良のお母さんは、

その箱へ飛びついていきました。


入った途端に、


ガチャ―――ン!!!


扉が閉まったのです!


針金で作られた箱の中に、

野良のお母さんは閉じ込められてしまいました。

外にいる蘭子には、どうすることもできません。


オロオロしながら、


「ミャアーミャアー」鳴いています。


これはネズミ取りと同じ仕掛けで

猫が餌におびき寄せられて

入ると扉が閉まって出れなくなる罠でした。


「ニャアー、ニャアー、ニャアー!!」


野良の親子は大声で鳴き合いました。


その声に人間が現れて、


「おお、一匹捕まっとるぞ」


こっちに向かって歩いてきます。


「逃げるんだよ!!」


野良のお母さんは、

蘭子に向かって叫びました。


「早く、早く、人間に捕まる!!」


お母さんに急かされて

蘭子は夢中で逃げました。


お母さんのことが心配でしたが

人間に捕まるのは

もっともっと怖かったからです。

蘭子は溝のフタの下に隠れて

ブルブル震えながら、息をひそめていました。



あくる日、蘭子は空き地に

お母さんを探しにいきましたが、

針金の箱はどこかに持ち去られて

お母さんの姿はどこにもありません。


「ミャアー、ミャアー、ミャアー」


必死で鳴きながら

お母さんを探し回りましたが、

蘭子の声にお母さんは応えてくれません。


いったいどこへいったんだろう?


あの針金の箱と共に

消えたお母さんは……

いつまで経っても見つかりませんでした。


仔猫の蘭子は、自分で餌が見つけられないし

オッパイも飲めないので、どんどん衰弱して……

もう死んでしまいそうでした。



空き地のトロ箱は、

蘭子が生まれた場所でした。

お母さんも兄弟たちも消えて、独りぼっち

この箱で丸くなって……

今にも息が絶えそうになっている仔猫。


「こんど目が覚めたら、

お母さんに会えるかなぁ……」


そう念じながら、

蘭子は目を閉じた――。

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