9-7

 かしらの合図とともに、ゴブリンたちは一斉に来賓たちに襲い掛かった。

 四方から襲いかかってくるゴブリンたちの群れ、屋敷の入口で武器を没収されていた来賓たちは逃げ惑うばかりだった。

 何より戦後30年が経った現在では、稽古としての武術の心得はあるが実戦の経験には乏しい者も多かった。

 幾人かは燭台や装飾品の槍を取り出し応戦しようとする者もいた。だが、殺意をむき出しにし、自分が傷つくことを恐れずに襲いかかるゴブリンたちには満足に抵抗することはできなかった。


「ここは危険です。父上、ダニエルズ侯を」


 ロルフに促され、ヘルメス侯は少数の近衛兵を連れて建物からの脱出を図った。


「ちょっと待ってくれアイザック。愚息が見当たらん」

 と、ダニエルズ侯は周囲を見渡して言った。


「何?」


「ダニエルズ侯、ご子息は必ず我々が探し出します。後は近衛兵にお任せください」


 ダニエルズ侯は不安を隠せない様子だったが、確信をもって語るロルフを信じその場を後にした。

 ヘルメス侯も息子を案じていたが、息子が無言で頷くとそれに従いダニエルズ候の後について行った。

 その間、大広間の中央ではウォレスが鬼神の如き立ち回りを繰り広げていた。

 老戦士の大上段の一撃。

 防御の体制を取るゴブリン。

 老戦士の強撃は防御した片手剣ごとへし折り袈裟を切り裂き、斬られた体は圧力で歪な方向に曲がって床に潰れた。

 ゴブリンの上空からの襲撃。

 ウォレスはゴブリンを片手でキャッチし空中に放り投げる。

 落ちてきたところを剣で貫き、そのままゴブリンを串刺しにして剣を振り回した。老齢とは思えないほどの剛力である。

 しかしウォレスの戦いは力任せというというわけでもなかった。

 ゴブリンの剣撃を上段突きを放つように受け止め、そこから角度を変えて滑り込むように喉に突きを、鍔迫り合いになればハーフソード※から柄を対手の喉に引っ掛け押し倒し、さらに倒れた相手の頭部を踏み抜き頭蓋を砕いた。

(ハーフソード:つばぜり合い中、剣の中心を掴んで棒術のように相手を剣身でコントロールする甲冑剣術の技法)

 砕いたゴブリンの頭を足蹴あしげにして咆哮するウォレス。筋肉は岩石の如く隆起し、皮膚は若々しく脂が浮き出、返り血がその脂に弾かれて真紅に照かっていた。

 そこには神秘の魔力に長けた高貴なる種族の面影などはなかった。

 それはまさにエルフの皮を被ったオークだった。

 豪華絢爛な大広間は、彼によって死屍累々の戦場へと変わっていた。

 だが、戦場で戦い慣れたウォレスは冷静に周囲の動向をも把握していた。

 自分を警戒したゴブリンたちが固まってきた様子を見て取ると、法術士に陣形を組ませ、魔弾による一斉射撃でのゴブリンたちの一掃を命じる。

 法術士たちはミスリルの弾丸を手のひらに乗せ、魔力を込めるとともにそれをゴブリンたちに向かって撃ち放った。

 一見するとおはじきのように児戯じぎめいた技術である。しかし、法力を凝縮して蓄えるミスリルは、法術士たちの手を離れると徐々に加速していく。ゴブリンの体に届く頃には彼らの肉を奥深くえぐる程の威力を持っていた。

 魔弾に貫かれたゴブリンたちは鳴き声をあげながら絨毯の上に倒れていく。

 大掛かりな装備がない場合に、法術士たちの基本攻撃になる簡易な法術だが、優れた術者の中には分厚い甲冑を貫通させることができる者もいる。

 転生者によって重火器が戦場に持ち込まれる以前は、この攻撃による死者も多く、戦術の要となる攻撃だった。

 そんな魔弾を連発して制圧にかかりたいウォレスだったが、未だ逃げ遅れている者も室内には多い。それに最初の攻撃でゴブリンたちは再度散らばってしまい、連続しての攻撃が難しくなっていた。

 それでも各々が懸命に一匹一匹を狙い撃ちしていたが、突然法術士の一人が泡を吹いて痙攣しながら倒れた。


「何だ!? どうした!?」


 すると、また一人ウォレスの隣にいた術士が同じように倒れた。


「これは……。」


 隠れていたゴブリンたちの吹き矢による攻撃だった。特に、薄いローブで肌の露出の多い女の術士は格好の餌食となってしまったようだ。


「小癪なぁ!!」


 ゴブリンに駆け寄るウォレス。そしてウォレスにもゴブリンの毒矢が刺さった。


「ううぬぅ!」

 ウォレスは腕に刺さった矢を素早く抜き、毒が回る前に刺さった箇所を喰いちぎった。魔物以上に獣じみたウォレスの荒々しさに、さしものゴブリンも仰天する。


 ウォレスは雄叫びをあげながらゴブリンに突撃し、ロングソードを突き刺すとフルスイングで別の吹き矢を持つゴブリンに投げつける。体がもつれ合っている二匹を同時に、振り下ろしの一撃でグチャグチャの肉塊へ変貌せしめた。

 そしてそんな老戦士のあまりの鬼気迫る戦いっぷりに、ゴブリンたちはウォレスを見ただけで逃げるようになり始めていた。

 ウォレスが奮闘する中、戻ってきたロルフは混沌とする大広間を見渡した。

 ゴブリンに太ももを切られ足を引きずる者。毒矢に射られ動けなくなる者。薄手のドレスに炎が燃え移り、宴の最中は朗らかな笑い声をあげていた貴婦人は悲鳴を上げて床を転げまわっていた。ゴブリン達が即席で作った、宴用に用意されたアルコール度数の高い酒を利用した火炎瓶にやられ引火したのだ。

 炎はテーブルクロスやカーテンにも引火し、屋敷は宴の時よりも煌々と輝いていた。

 ロルフは火のついた貴婦人から炎を払うと、祈りなしで治療術ヒーリングを発現させ周囲の来賓の傷をたちどころに直した。


「ロルフ様……。」

 と、傷を治してもらった貴婦人が言う。


「ゴブリンたちは私たちが何とかします。早くお逃げなさい」


 貴婦人を安心させようと微笑むロルフの背後からゴブリンが襲いかかったが、ロルフは後ろ蹴りで迎撃した。


「怪我人を優先して救い出せ!」

 ロルフは凛々しい声で近衛兵たちに命令した。大広間の中央で戦い続けるウォレスの姿を見つけると、彼に駆け寄る。

「ウォレス!」


 荒々しく呼吸しながら血まみれのウォレスが言う。

「ロルフ様、まだここに!? てっきりヘルメス様と共に逃げられたかと!」


「何を言ってるんだ! 僕も戦う! 今夜、警備をダニエルズとの国境に集中させてしまったのは僕の落ち度だ!」

 ロルフはレイピアを抜刀した。


「ロルフ様……。」

 ロルフは剣を構えウォレスの背後に背を向けて立った。

「まっこと、たくましゅうなられましたな……。」


「感慨にふけっている場合か?」


 ウォレスは振り向いてロルフに笑顔を向けた。

「失礼っ」


「ウォレス? ……グッッ!?」


 ウォレスの拳が、ロルフの鳩尾みぞおちにめり込んでいた。そしてウォレスは近衛兵にロルフをこの場所から連れ出すように命じた。


「お許し下さいロルフ様。まるで、わたくしめが幼少の頃より貴方様をイヴ様に劣るかのように叱り続けていたとお思いかもしれません。されど、貴方様も紛れもないヘルメスの男子おのこ、いつか生来の負けん気から這い上がってくれるものと信じておりました」


「ウォ、ウォレス……。」


「そして今日、その成就を見ました。不肖ウォレス、その姿を見ることが叶っただけでも幸甚の至りでございます」


「ウォレス、ダメだ……。」


「ご心配めさるな。幼少の頃よりお教えしてきたではありませんか。ヘルメスの家訓ですぞ。“義をもって歩む者は不滅也”」


 ウォレスは近衛兵に連れて行け、と命令すると改めて構えた。ロルフは抵抗したものの、腹部のダメージで体がいうことをきかず、ただウォレスの名を呼ぶだけだった。


「よくぞ残った、戦士たちよ」

 そして、まだ戦える兵士たちをウォレスは鼓舞し始めた。

「永らく死に場所を失った我らに、戦場の神が最後の機会を与えてくださったぞ」


 兵士たちがひとりひとり、ウォレスに呼応するように立ち上がり構え始める。


「”幾重にも絡む不義を義によって断ち切るべし 恐るなかれ、義をもって歩む者は不滅也”。今この時こそ、ヘルメスの戦士の矜持を貫くべきと心得よ!」


 猛るウォレスの咆哮、近衛兵と術士たちがゴブリンに挑みかかった。もはや彼らもゴブリンと同じく、死を恐れない狂戦士と化そうとしていた。

 しかし、その戦士たちの雄叫びを一発の銃声が覆した。

 爆音と共にウォレスの闘気に満ちた体からは一瞬にして活力が失われ、歴戦の老戦士は天を仰ぐように倒れた。ウォレスの額には、赤黒い銃創がポッカリと空いていた。

 戦場を闊歩する陣鐘は、完全に沈黙していた。

 ウォレスの倒れた先には、コルト・シングル・アクション・アーミーを構えたバクスターが立っていた。


 頭をポリポリと人差し指で掻きながら、困ったようにバクスターが言う。

「あ~、今のジイさん何か言ってたか?」


「知らねぇっす!」

 左右の目の焦点が合っていない、一際頭の悪そうな手下が叫ぶとゴブリンたちは顔を合わせて爆笑した。

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