4-9


 霊廟の屋上に二人を連れて行くと、サマンサは胸元から笛を取り出しそれを思いっきり吹き始めた。

 すると上空にいた鷲たちが逃げ去り、二対の影が空の彼方より現れた。

 鳥かと思われたそれは、近づくにつれ鳥どころか馬よりも遥かに大きなモノになっていった。

 霊廟に降り立ったのは、鳥でも獣でもない、獅子の体にわしの翼と頭を持つ魔獣、グリフィンだった。

 しかし頭部は鷲よりも遥かに大きく、その瞳はあらゆるものを射すくめる程に鋭く、くちばしは一突きでも目をつつかれたら眼底ごとえぐれてしまうくらいに巨大だった。

 羽も一番小さなものでさえ羽箒に使えそうなほどに堅牢で、体はどんな巨大な獅子でさえこのグリフォンには見劣りするくらいだった。

 大きな鉤爪は死肉どころか精気溢れる生きた馬の腹部だっていとも簡単にえぐりとりそうだった。

 そんなグリフィンがサマンサの前に鈍い音を立て降りると、グリフィンは彼女の前で忠実な下僕のように後ろ足を曲げて座り込んだ。


「この子たちを使えば都までは半日もかからないでしょう」

 そう言って、サマンサは冷たい紫色の瞳にほんの少し温もりを携えグリフィンたちを撫でさした。

 表情が鳥なのでいまいち分かりづらいものの、グリフィンたちは彼女に懐いているようだった。目を細め喉をクルクルと鳴らしている。

 クロウは改めてサマンサのことを型破りな尼さんだと思った。


 クロウは言う。

「確かに、コイツを使えば帰り路はかなり楽だろう。だが、あの老体だぞ? この背中に乗るのもやっとじゃないのか?」


「気遣いは要らんよ、勇者の落胤らくいん

 そう言って屋上に現れたのは、先ほどとはうって変わった健康そうな老人だった。

 老人なのは変わらないが、数十歳は若返ったように見えた。

 クロウは、妖しの森の魔女がエルフは老いて死ぬことはないといった理由が分かった気がした。


 老賢者はいかめしい金色の刺繍ししゅうが施された黒いローブに身を包み、旅用のカバンを肩にかけた簡単な格好だった。

 アカシアでできた杖を持っているが、それは老体を支えるための器具ではなかった。マナ外気オド内気を効率よく操るための法具だった。


「お主の可能性にかけてみるのも良かろう。何せ、後は死に方の問題なのだからな」

 老人が微笑んだ。


 ロランはクロウを困った顔で見たあと「感謝致しますディオール様」と頭を下げた。


「ディオール様、私は留守を預からせていただきます」

 とサマンサが言う。

 老人はうむ、と頷いた。


「ここでお別れか。短い間だったが世話になったね」

 と、クロウが言う。


「こちらこそ。次にお会いする時はもっと友好的でありたいものですが」


「友好的だったろう? 私はお前さんのこと嫌いではなかったよ? お前さんの踊りをもうちょっと鑑賞したかったくらいさ」


「……全てをお見せする事ができなかったのが悔やまれます。イヴ様のお情けがなければ、いまごろ聖職者として貴女に祈りを捧げることもできたのですが、残念です」

 冷たくも挑発的にサマンサが言った。


「言うねぇ」

 クロウも白い牙をちらつかせて挑発的に笑い返す。


 二人のやり取りを見ながらロランがため息をついていた。


「もし私にまた会いたければ、ベンズのディアゴスティーノって男を訪ねるといい。不信心な男だがビジネスには誠実だ」


 サマンサは機会があれば、とクロウに会釈したあと、ロランを見た。何かを言いたげな表情だった。

 そしてロランもそれが分かっているように複雑な表情を浮かべた。


「彼女のことは……ぼくがなんとかする」


「期待はしておりません。得てして、二つを手に入れようとすると片方がこぼれ落ちてしまうものです」


 ロランはサマンサから目を背けた。


 魔獣の一頭に老賢者が乗り込み、クロウたちはもう一頭の背中に乗った。

 魔獣の背中に乗った老賢者が呪文を唱えると、二匹の魔獣の瞳が光った。

 魔獣たちは、鳥というよりも獣に近い鳴き声をあげ翼を広げて羽ばたき始めた。

 巨体を浮かび上がらせるために必要な巨大な翼が、魔獣の強靭な力で上下に動き周囲に風を巻き起こす。簡単な焚き火ならかき消してしまうほどの風だった。

 魔獣たちが強風と共に浮かび上がった。

 しばらくホバリングした後、魔獣は空に向かって羽ばたいていった。

 サマンサは強風にあおられ衣服が乱れ、顔に砂埃がぶつかっているにも関わらず鉄仮面のような表情を崩すことなくクロウたちを見送り続けていた。


 グリフィンが大空を舞う。

 あまりにも想像を超えた高さに、クロウはめまいを覚えそうになった。

 

 クロウは気を紛らわせるための雑談に専念する。

「そういえばお前さんの親父さん、“レインメーカー”とか呼ばれているんだったな!」

 風で声がかき消されるので、大声でクロウは言う。


「ああ、そうだね! 戦後に他の領主以上に所有地を広げたり事業を拡大したりしたからね!」

 ロランは振り向いて、やはり大声で言う。


「しかし変じゃないか!? 転生者の恩恵に預かったのは彼だけじゃないだろう? 武門のエルフに商才があったとでも!?」


 ロランは何も言わなかった。

 依頼人のプライベートを詮索するのは、クロウの稼業では良しとされない。

 クロウはそれ以上のことは聞かなかった。


「それより、どうして君は上を見上げながら話すんだい? せっかく景色がきれいなのに!」


「……言うんじゃない」

 途端にクロウの声は小さくなった。


「もしかして君……。」


「言うな……。」


「だったら、もっとしっかり掴まってくれてて構わないんだよ?」


 クロウはロランの背中に顔を押し付けるようにして抱きついた。

 いつもと違って本気でしおらしくなったクロウを、ロランは愛くるしく思った。


「まさか君から積極的にこういうことをしてくるなんて変な気持だな。……ちょっとクロウ、痛いよっ!」


 クロウは背後かあらん限りの力でロランの胴回りをクラッチしていた。

 ロランの肋骨が軋んでいた。

 結局、愛くるしさを感じたのは一瞬だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る